ハカイ 〜仇討ち〜
仇討ちなどもう時代遅れだ、まして江戸が腐り果てようとしている今の世情では尚のことだ。
だが、俺はやらねばならないのだ父のため母のため幼き兄弟達のために…
九の頃に地を耕す鍬を捨て、我が愛馬「疾風」とともに藩から藩を駆け、仇を討ち続けることしかできなかった。
藩と藩との境を飛び越え、そのまま藩庁へと駆け抜けた。
山野をいくつも超え、城下を一望できる丘に辿り着いた。
怪しげな雰囲気を放つ城を臨みながら、鞍から飛び降りる。
「すまない、ここで少しばかり待っててくれ。」と疾風に声をかけ、草むらに紛れさせる。
そして俺は背の高いススキを掻き分け、城下へと下った。
規模が多くないとはいえ流石に藩庁は栄え、人通りも多い。
気晴らしに周りを見渡しながらゆっくりと練り歩きたいと思いはするが、そうはいかない。
俺の人相書が至る所に張り出されているためだ。
突然、「おーい!早く店たためぇ‼︎」大通りの向こうから男の声が聞こえた。
すると人々は蜘蛛の子を散らした様に建物の中へと引き上げていった。
何事かわからなかったが、俺も路地へとその身を隠した。
しばらくすると大名行列が如き仰々しい一団が現れた。
籠がゆっくりと進み、笠を目深に被った顔の見えない行者たちに大通りは埋め尽くされた。
道を半分進んだところで動きが止まった。
籠に側近が近づき何やら話している。
離れたかと思うと大通りから二軒ほど奥の家屋から一家が引きづり出されてきた。
「まだ赤子でございますゆえ、何卒ご無礼をお許しくださいませ…」と家長が許しを乞うた。
どうやら籠にいる者は赤子の泣き声が気に食わなかったらしく、引きずり出されたらしい。
従者達によって一家は縛り上げられ、口にも布を噛ませようとした。
相変わらず子供は泣き叫び嫌がり、母親の胸の中から引き剥がされた事でより一層暴れた。
その時!
籠から飛び出た針が赤子の額に突き刺さった。
血飛沫が濁流の如く吹き出し、一瞬にしてダラリと項垂れピクリとも動かなくなった。
「うぅーーぅ‼︎ぅぅ……ぅぅ…」
父親は声を殺して泣き、母親は泣き叫ぶが布が邪魔で声は届かない。
縛られた2人はそのまま行列の遥か後方に引っ張られていき、
籠の行列は藩主の待つ城内へと入って行った。
ヤツらは俺の仇だ、もっとも直接手を汚したヤツではないが…
再び行列が城から出るまで、しばらく城下は沈黙に包まれた。
死神の群れがまた大通りを進む、俺はヤツらの跡を静かにつける事にした。
恐ろしい程の山野に分け入り半刻ほどだった頃、大口を開けた洞穴に行列は飲み込まれていった。
どうやらこの洞穴がヤツらの寝床らしい…
入り口に4・5人の歩哨が立っていたがある者は後ろから首を絞め、ある者を殴り飛ばして沈黙させる。
息を殺し、物音を立てぬよう洞穴に入る。
奥へ奥へ進んでいくと明かりが近づいてくる。
「…やはり悟られていたか…」
顔を隠した黒子の如き者どもが奥から湧いて出た。
「邪魔だ!退け‼︎」走り来るヤツらを斬り倒す。
どいつもこいつも刀や槍を持っていても大振りであまりに隙が大きい。
薪割りのように高く刀を掲げる者もいて素人同然の立ち振る舞いを見せた。
このような者には遅れを取らない、バッタバッタと斬り失せていく。
ある者の頭を斬り付けると、目隠しが取れた状態で倒れた。
驚くべき事に見えたのは、行列に引きづり出されたあの父親の顔だった。
なるほど、コイツらは侍やなんかではない。
何かで洗脳され、手下として使われている哀れな農民や町人に過ぎなかったのだ。
あらかた斬り伏せたがまだ周りを囲むほど敵がいる。
刀を下ろし血を払い、叫んだ「もう十分だろう!俺を殺しに来い‼︎」
するとどこからとも無くあの針飛ぶ!
カチィーンと刀で払うと黒い装束の奇怪な男が天井にぶら下がっているのを見つけた。
ヤツが親玉だ
男が天井を蹴り出し、一回転で着地する。
「来ましたか…素直に歓迎できないのが残念ですなぁ…」
「……」
「言っても無駄だとは思いますが、どうです?今から黒森党に戻るというのは?」
「断る‼︎」
「そうでしょうなッ」
腕を横に振って先ほどより大量の針を飛ばす。
咄嗟に前に跳び、片手で天井を掴んだ。
俺の後ろに立っていた手下が十人ほど倒れる。
間髪入れずに針がこちらに飛んできたので、左側に跳び降りる。
「素晴らしい反応の速さだ…」
敵がこちらに走り寄ってきているにも関わらず、余裕ある態度で言い放った。
トドメを刺そうとしたその時!
頭がひび割れるような強烈な痛みと全身の痺れに襲われた。
ヤツを見ると口から強烈な音の振動を発生させている。
辺りを見ると手下達も苦しみ、次々と倒れ込んでいる。
どうやら声の響きで俺達の頭を強烈に揺さぶっているらしい。
膝をつく俺めがけて無数の針を飛ばした。
なんとか右側に飛び退き、石をヤツの方に投げつける。
しかし、無情にも石は空を斬り左足には針が6・7本突き刺さった。
「惜しかったですねぇ、運の尽きってヤツですかね。」
「どうやらそうらしいな…」
「しかし同時に運が良い、その針だけでは死ぬことなど到底できません。」
「……」黙ってその時を待つ。
「でも安心して下さい、裏切り者のあなたには勿体無いくらいのお墓を用意して差し上げますので…」
「…」
俺の刀を拾い上げジリジリとにじり寄ってくる。
その時‼︎
雷のような音ともに天井にヒビが走り、崩れ始めた。
「なっ…何事…」
「運の尽きはどうやらそっちの方らしいな」
「何ですと‼︎」
「俺の投げた石はこれを狙っていたんだ」
「まっまさか貴様…私の声響を利用し……」
ヤツは崩れ落ちてきた大岩の下敷きになり、一面には青色の血糊が花火の如く広がった。
「ヒビを広げてくれてありがとうよ!助かった」
なんとか立ち上がり、ヤツから刀を取り上げる。
これでこの藩に巣食う悪は滅び、殺すべき仇は1人消えた。
洞穴を出ようとゆっくりと振り向いた。
次の瞬間、俺は刀を投げヤツの額に突き刺した。
青い血飛沫が噴き上がり、最後の針を手から溢した。
ヨタヨタと近寄り、刀を抜き取る。
哀れな化け物の顔を見つめつつ、右足に深々と刺さった針を抜き取った。
円状の傷口から流れ出る血の色が俺に現実を突きつける。
俺にもヤツと同じ青い血が流れているんだ…
洞穴を出て、指笛を吹く。
疾風が山野を駆け、俺の元へ駆け寄ってきてくれた。
頭を撫でてやってから鞍にまたがる。
そして、俺はたった1つの友とともに再び山野を駆け出した。
この旅はまだ続くだろう、許されざる仇「黒森党」を根絶やしにするまで…
end