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48.元カレ襲来……立ち向かうけど

 トイレに行くとヤスオは立った。及び腰が見え見えである。


「やっちゃん、答えは用意できそぅお?」

「安田さんの決意、私もぜひ聞きたいです」

「ヤスオー、コーラぁー、ゼロのほうな」


 からかい口調の未亜(みあ)菜々(なな)に、まるで弟へ命じるかのような凪海(なみ)である。旅行から帰ってきてから、ますます忌憚がなくなった女性三人だ。


 でもまぁ、とヤスオは思う。チームとして良い傾向ではないか。遊ばれている立場よりゲームが優先とすれば、納得の思いで階段を降りていく。にんげん染みついた思考癖はなかなか抜けるものではない。


 トイレをすませ、階段の前に気づいた。

 凪海に頼まれたコーラのペットボトルを手にしていない。


 冷蔵庫へ戻りかけたところで、玄関のチャイムが鳴った。

 休日のうららかな昼下がりに気を緩めていたなか。どちらさまですかー、とヤスオはドアを開く。


 ピシッとスーツを決めた、けっこうなイケメンが立っていた。

 年齢は三十くらいだろうか。もしかして、と思う。

 なぜ推察が巡るかと言えば、話したことはなくても知っている人物だったからである。ヤスオが初めて見た姿は公園で未亜と抱き合っていた。元恋人どころか、元婚約者だったと後で知らされた。同居人がつい最近まで彼の負傷した母親の幇助で通っていた。

 海外転勤が決まったそうで、未亜へ共にいこうと誘った経緯も聞いていた。


 けれども、もう結論は出ている。


 馳暁斗(はせ あきと)なる人物は一体なにしにやって来たのか。

 のんびり屋のヤスオでも相手を認めた途端に緊張がみなぎる。

 相手が挨拶もそこそこに、未亜を出して欲しい、ときた要望に応えるべきか悩んでしまう。

 ここは拒否してこのままお引き取り願うべきではないか。


 考えを巡らせているヤスオの隙を突くように暁斗(あきと)が玄関へ入る。三和土から身を乗り出して叫ぶ。


「未亜、いるんだろ。もう一度、話しをさせてくれないか」

「ちょちょちょちょっと、困りますよ」


 弱気そのものながらヤスオは押し留めにいく。

 ヤスオを知る者ならば、なかなかな勇敢とする行動だ。だがヤスオを知らない者からすれば、貧相すぎて壁にもならない。

 訪問者は後者に相当する。


「申し訳ないけど、これは人生を左右する重大事なんだ。少々強引なことは承知のうえで、こうして来たんだ。納得するまでの話し合いをさせてもらえないかな」


 会社の期待の表れでもある海外転勤だ。きっと周囲の受けも良く、出世とする道を順風に歩んでいることであろう。ただ瑕瑾を感じる点があるとしたら、私生活だろう。昨年に離婚しているそうだ。


「やっぱり僕には未亜だったんですよ。それがわかった今、一生を賭けて償いたいとする気持ちをわかってもらいたいんだ」


 玄関口の会話が二階まで届く。古くからある安田家の日本家屋だ。おんぼろとも言える。

 ゲームをやっていた部屋の襖が開けば、未亜が姿を現した。少し乱暴に階段を鳴らして降りてくる。


 未亜、と暁斗が嬉しそうだ。

 だが呼ばれた当人は表情に険しさを刻んでいた。


「ごめんね、迷惑かけちゃって。ちょっと外で話してくる」


 ヤスオへそう言って未亜は下駄箱へ手を伸ばした。


 後になって振り返ってみればである。

 いったい自分はどうしたんだろう、とヤスオは首を捻る。およそらしくないというか、よく出来たものだ。

 靴を出そうとする未亜の細くて白い手首をつかんだ。やっちゃん? と呼ばれれば自分とは思えないことを切り出した。


「い、行く必要などありません。ちゃんと答えは出した未亜さんではありませんか。この方だけでなく、この方のお母様にまで断りを伝えているのですよね。しっかり礼を尽くしていれば、まだ受け入れられないとする相手になど付き合う必要は認められませんよ」

「キミ。ちょっと差し出がましいぞ。これは僕と未亜の間の話しなんだ。他人が入れる問題じゃない」


 不快を暁斗は隠さない。

 相手を上の立場へ立たせてしまうことは、ある意味ヤスオの特徴と言ってもいい。すっかり慣れてしまっている。気にもならないことが、ここでは功を奏した。


「貴方こそ、未亜さんの気持ちを聞いているはずです。亡くなった父親を知る人と思い出の共有は心地よかったけれど、心の整理は新しい生活の中でをつけていきたいとする決心を聞いていないのですか」

「聞いているさ。でもそれは美亜の強がりだと思わないのか。キミと違ってこちらは十年の付き合いがあるんだ。それこそ高校の時から、ずっとだ。わかるかい?」


 たぶん普段は丁寧な言葉使いだろう。ヤスオが相手だから語源がやや乱暴を帯びる。暁斗が取る態度は自分のせいだと解釈すれば、むしろ退けない。


「それは美亜さんを見くびってますよ。彼女はまず自分の足で歩いてます。初めから全てを助けてもらうなど良しとしない立派な強がりです」


 暁斗の目許がきつくなった。少し目線を落とし言う。


「いつまで美亜の腕を握っているつもりだい?」


 言われて気がついたヤスオはそれはもう慌てた。


「すすすすすすみません、美亜さん。いつまでも、なんというか……」

「要はキミ個人の想いから、こうした邪魔に入ってきているのだろう。普通なら美亜ほどの女性とは近づくことさえ叶わなそうだしな」


 皮肉を込めた暁斗の言いっぷりだ。

 きっといつもならこんな言い方はしないだろう。ヤスオ相手となると、なぜかプライドが刺激される者は多い。お前より上なんだ、とする意識を持たせてしまうようだ。安い人生と意識して長く過ごしてきたおかげで、察せるようになっている。

 だからヤスオとしては、またかとする程度だ。言っていることも間違いないと思う次第である。


 ただし当人ではない美亜にしたらだ。

 どうやら我慢にならないようだ。

 目を怒らせ、喰ってかかるべく口を開きかける。あき……、までは声にした。


 先を遮る者が二階からやってきた。

 しかも意外な形でくる。

 ヤスオを震撼させるには充分な甘い声音が階段伝いに降りてきた。


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