47.逃げるが……勝ちとはならずです
相手の大剣を迎え撃つ瞬間だった。
眩いまでに発光が起こり、ヤスは吹っ飛ばされていく。
掲げた盾も虚しく遥か後方で転げ回る。
ディフェンダーを失ったチームYMN=やみんの形勢は一気に不利となる。
相手のアタッカーには守護すべきディフェンダーがおり、一人だけとなったレオンは無防備に近い。あっという間に伸され、後衛のアランとルリナも為す術がない。
ようやくヤスが戻ってきた時には、スキルを削れた仲間しかいなかった。
もはや体力ゲージも少ない。相手の打撃に耐えられそうもない。
相手のツンツン頭をしたアタッカーが前へ出てきた。
ヤスは覚悟を決めなければならないようだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おんぼろ日本家屋の安田家に、外に漏れてもおかしく大声が響いた。
「ヤスオ、てめぇー。一人、助かりやがって」
二階に集うチームYMN=やみんの中の人で、ゲーム世界の冷静キャラとは程遠い現実の人物が不平をぶち上げた。
「そうは言いますが、凪海さん。全滅によって生じる負担より、素直なギブアップこそ、チームにとってダメージは少ないと思いますよ」
こちらも筋骨隆々の逞しいゲームキャラと違って、貧相極まりない男が唯一反論できる話題だ。ゲームに関してだけは、普段から想像できないくらい毅然としていられる。
だが残念ながらこの度は他のメンバーからの賛同を得られなかった。
「あの時点で戦闘キャンセルなんて、相手に失礼です。卑劣です」
なかなかどころではない、菜々はかなり手厳しい。
そそそうですか、とヤスオがたじろいでしまう。
はい、と未亜が湯呑み茶碗を差し出しながらだ。
「ちゃんと負けないと、せっかく相手をしてくれたチームコクゴリョクに失礼だよ。戦闘途中キャンセルは獲得額と経験値が半減するんじゃなかったっけ?」
うっと言葉に詰まるヤスオだ。
オープンワールドRPG『スタルシオン』で冒険を繰り広げるチーム同士が互いの腕試しとして闘技場で対戦できる。双方のレベルを合わせられるから、チームワークが勝敗の鍵になる場合が多い。人気が高まっている当イベントでチームYMN=やみんは常勝を誇っていた。しかしながらついに敗北を喫した今回だ。
「ヤスオさー、相手さんは最強の名高い有名なチームなんだぜ。負けるのは仕方ねーにしても、尻尾を巻いて逃げだすなんてどうなのよ」
「仕事だと変に割り切りがいいくせに、ゲームになるとずいぶん未練がましくなりますよね。良くないと思います」
凪海と菜々の一斉攻撃に、青色吐息のヤスオだ。仰る通りです……、と身を縮めている。
「取り敢えずさ、相手へ謝りにいこうよ。まだいるよね」
未亜の今すべき行動の指摘は、さすがと言えた。
行きましょう、とヤスオが真っ先に向かう。ヤスを移動させれば、まだ闘技場から出ていない対戦相手だったチームコクゴリョクへ辿り着けた。
ずっりぃーぞー、とツンツン頭としたアタッカーの少年になじられたものの、他は笑うように理解を示してくれた。さすればますます頭を垂れる深度が増すヤスオのヤスだ。闘技場のイベントにおいて目先の欲に捉われず正々堂々と戦い抜くことを誓い……、とセリフを打ったところでアランに止められる。長くなりすぎは相手に失礼です、と的確なアドバイスであれば、従うほかない。
他チームとアイテムの交換や資金の援助も可能とするゲームだ。いずれかを申し出てみたが、今回は遠慮となった。その代わりにこれからの良いお付き合いを、と返された。
勝者を見送ったヤスの中身であるヤスオはキーボードに手を置いたまま感動で打ち震えていた。
「素晴らしい。やはり一流は強さだけでなく、その人間性もまた倣うようです」
「おい、ヤスオ。このタイミングでやらかした当人が言うと、オレらずっと二流だったみたいになるぞ」
仰る通りです……、とヤスオは凪海へうなだれて見せた。
「でも相手がお見事っていうのは間違いないよね。これでもわたしたち、これまで負けたことなんてなかったんだから」
「家族でやっているという噂は真実みたいですね。ちょっと技や魔法を出す時の連携の良さ、尋常じゃないです」
未亜と菜々の分析を兼ねた会話に、ヤスオが参加しないわけがない。
「そう、そこなんですよ。だからやはりプレイヤーが揃ってプレイしている我々は声に出して……」
「だから、ヤスオは思いっきり言ってくれていいんだぜ」
ぐっと一旦声を詰まらせたヤスオだ。それから顔を赤くしながら、おずおずとである。
「みなさんもやりましょうよ。自分だけでは恥ずかしいとする気持ちがあるのですよ」
おおっ! と女性陣は揃って信じられないとする様相を示す。
「うっそー、やっちゃんだよね」
「ヤスオ、どうした。これはゲームの話しなんだぞ」
「やだ、安田さんが羞恥を覚えました」
するとヤスオは正座をした。
居住いを正して未亜と凪海、菜々をぐるり見渡す。
何が始まるんだろう、と警戒が宿る女性三人の胸の内である。
「これは皆で一緒に始めなければいけないことなのです」
どうやらヤスオの気持ちは変な方向へ走っているらしい。
だが慣れた三人であれば、黙って聞くことにした。
もちろんヤスオは語りかける相手のおとなしい態度が諦めからきているなどと想像すらついていない。意気揚々と想いをさらけ出す。
「自分は思ったのですよ。独りだけではダメだと。チーム内の連携を高めるためにも、誰にも相手にされない安い人生を自己肯定しているだけではいけません。チームの仲間が恥ずかしがるなら、それも自分の恥と考えるべきなのです」
聞く三人が思うに、なぜか恥の概念がおかしな形で捻じ曲げられている。我々が一丸となるには〜、とまだ続くようであれば、まずは凪海だった。
「んじゃ、ヤスオは昨日とは違う行動を取るよう頑張るってわけか」
「そうです。自分と皆さんが一体となるために必要なことならば、なんでもやるつもりです」
「そっかぁ〜、やっちゃんもついに心を決めたかぁ〜」
やたら気になるような未亜の口ぶり、としか読めないヤスオだった。
「心を決めるもなにも、このチームで、こうして顔を合わせればなおのこと! 一体になることを常に念頭に置き……」
「せめて一人にしてくれない。まさか三人同時は男として、人としてどうかと思います」
ヤスオは固まった。見た目には硬直したみたいだったが、頭の中は唸りを立てるほど思考を巡らせている。
いくら貧相とはいえ、四十を目の前にしたおっさんだ。なんとなく言い回しに含まれた意味は読める。読めたとしても、女性からそんな振りが自分の人生上に起こり得るなどあり得ない。そう思い込んで生きてきた。この年齢になっても、いなす真似が出来ない。
ふと凪海が言っていたことが甦る。
未亜はああ見えて大人な女だ、と。
うららが言っていた。
凪海はもう大人な女だ、と。
菜々が大人な女なのは言うまでもない。
「……トイレ、行ってきます」
兎にも角にもここは逃げ出しかない。それがヤスオであった。
その報いは未亜の元婚約者と真っ先に対峙するはめへなった。