9.意外……でもなかった
意外でした〜、とヤスオは炬燵テーブルの上に並べられる料理に感嘆をもらす。
素直な感想だけに凪海としては面白くないようだ。
「ヤスオのくせに生意気だな。おまえの食う分には、激ヤバ辛子をぶっかけてやる」
中蓋まで外して小瓶をかざしてくるから、ヤスオは慌てた。や、やめてください、と自分の前に置かれた料理へ身体ごと被せかばう。
「ほらほら、二人とも。食べる前に遊ばない」
たしなめる未亜は自分が作った生姜焼きを運んでくる。
反省の色を見せたヤスオと凪海が座布団に正座した。
ご飯がよそわれれば、畳の居間でテーブルを囲む三人は手を合わせる。いただきます、と自然に合った三つの挨拶がすめば、一斉に箸をつかんだ。
ヤスオは、まず凪海のひき肉を絡めたきゅうりと厚揚げの味噌炒めへ伸ばした。自分が作るメニューにない一品へまず向かう。
「これはいい。ものすごくご飯に合う。まさか美味しいものが作れるなんて意外も意外です」
「なんだか素直に喜べねーぞ」
「そう言いますけど、普段の様子から料理する姿なんて想像できないですよ」
ゲームが一区切りついた際だ。つい会話の流れからヤスオはトラウマを述懐してしまった。笑われると信じ込んでいたが、二人は黙りこむ。ヤスオがどう対応していいか、わかるはずもない。ごはんにしよっか、と未亜が静寂を破り、せっかく材料を買ってきたしな、と凪海も追従する。
なんだか変に気を遣われて余計に気まずくなるヤスオだった。意見を挙げられる元気があるはずもない。大人しく階下の居間へ降りれば、二人に言われるまま台所を貸し、炬燵テーブルを前に待った。
台所から聞こえてくる二人の声が、女性に料理を作ってもらうなど人生で初めてという事実へ思い当たる。テンションが上がっていく一方で、四十を前にしてようやくとする考えも過ぎる。結局は気分を落とすヤスオではあった。だがそれも出された料理を口にするまでだ。凪海の作った一品は紛れもなく美味しい。
「うちは下に弟が三人もいるからよ。けっこう料理はするんだぜ。それより未亜ぁー、ちょっとこれ微妙じゃね」
説明がてらの凪海が生姜焼きを箸でつまんでいる。
そんなことは……、とヤスオは言いながらも未亜の料理を口に入れた途端に止まった。普通の焼肉なはずが、とても甘いようで苦い。不思議な味付けが、どうも白飯に合わない感じがする。自分だけならともかく、先に同意見とするような凪海の発言も耳にしている。
なにより作った当人が首を捻っている。
「おっかしーなー。焼いている時はね、大丈夫だと思ったんだけど……」
言葉尻が細り消えていく未亜である。
放ってはおけないヤスオだ。
「だ、だいじょうぶですよ。食べられないことはないですし」
「ヤスオー、なにげに言い方、ひどいぞー」
明るい凪海のツッコミだ。ただし冗談半分が通じないヤスオである。
「すすすす、すみません。すごく失礼なことを。本当にすみません」
そうだぞー、とはっきり笑う凪海を、「凪海ったら」と未亜はたしなめてから、謝罪に明け暮れるヤスオへ真顔を向けた。
「やっちゃん、この一週間、ありがとう。いつも夜食、用意してくれて」
汗をかかんばかりだったヤスオに冷静が宿る。はい、と居住いを正す。箸は握ったままではあるが。
「甘えちゃダメ、と思っても、やっぱり愉しみになっちゃって。帰ったら何が用意してあるんだろ、なんて考えるのが励みになってた。今週は嫌なことが重なったから、本当に助かったんだよ。だから今日はお礼をしたくて……」
なぜか未亜が黙り込む。急に背を丸めてうつむいた。
どうしたんだ? ヤスオは途中で言葉を止めた不明さに戸惑ってしまう。
あーもぅー、と未亜が突如なる雄叫びを上げた。
ビクッとするヤスオは、今回に限れば普通の態度だろう。
むしろ何事もないかのようにお茶をすする凪海のほうが変わっている。
「あ、あ、あ、蒼森さん……」
怖気づくヤスオは未亜の苗字を振り絞る。
きっと睨みつけられたから、謝罪の声さえ出てこない。
ホントはね! と未亜が叫んだ。
「お礼がしたかったの。でもわたし、料理が得意じゃないし。でもでもね、生姜焼きくらいは上手くいったことがあって……でも保険で凪海にも作ってもらって良かった、うん、本当に良かった」
「さすがではないですか」
ヤスオは心底から感心している。嘘偽りなかったからこそまずかったかもしれない。
「そう、念を入れて良かった。ズバリ的中だったから、わたしは情けないの!」
未亜にすれば目論みが当たりすぎも悲劇には違いなかった。ああんもう! と本気で悔しがっている。
ああ、とヤスオはそんな姿に思う。
やっぱりこの方は直情径行なアタッカー、我らのレオンなのだ、と。