39.まじめな話しに……まじめに答えたつもり
やっぱり昨晩のアルコールが残っていたみたいだ。
自分には凪海の孤独が理解してあげられなかった、とヤスオは悔やめば涙があふれてくる頬を伝えば止まらない。
ただし事情がわからない傍からすれば、ニヤつくに匹敵する。
「おい、ヤスオ。なに泣いてんだか知らねーけど、気味が悪いぞ」
いつの間にか相手に気づかれる位置まで寄っていたらしい。
砂浜に腰掛けた凪海が振り向き見上げていた。
存在を知られたなら仕方がない。
涙を拭いながらヤスオは砂浜を踏み締める。
「すすすすすみません。じ、自分は凪海さんの真の姿を見失っていたことを知ったのですよ」
ヤスオさぁ〜、と凪海がとても呆れている。
「どのRPGの影響を受けてんだよ。ホント、ゲーム好きだよな」
「ちょちょちょっと、それは誤解です。ロールプレイングものは一緒にやっている『スタルシオン』以外ここ最近やってませんよ。第一ですね、チームYMN=やみんを最優先を置いている自分がシナリオに則ったRPGなどやる余裕は……」
わーかった、と凪海のしょうがなくする了解だ。
話しが長くなりそうだから打ち切ったが本音くらいヤスオも想像がつく。そ、そうですか、と引き下がるほかない。というか、泣くなんて行きすぎだったと自覚も生まれれば身がすくむ。
つまりいつも通りへ戻っていた。
「今日はいい天気で良かったな。青い空に海だと、やっぱり嬉しいぜ」
顔を前へ戻した凪海の気持ちよさそうな声だ。
だからヤスオは隣りに立てば、少し首を傾げてしまう。
「凪海さぁん。なにかありました?」
んだよっ、と凪海の不服申立てに、ヤスオは胸の前で腕を組む。
「なんて言いますか、そのぉ……こんなとこまで来たせいか、うららに迎えに行ってこいって、どやされたせいか……うむむ、なんともいつもとはやはり違うような……」
「うららさんは侮れないな。とてもヤスオと血がつながった妹さんだなんて思えないぜ」
凪海としてはからかっているつもりだ。
にも関わらずであるヤスオが、ポンッと手を打つ。そうなんですよ! と我が意を得たリアクションを取ってくる。口も滑らかに解説まで始める。
幼き頃から自分とうららは似ても似つかなかった。性格だけでなく容姿からも血のつながりを疑われるほどだ。けれども仕方がない。兄は教室の隅っこで一人でいるのに対し、妹のほうは常に友達に囲まれ、交際を望む男子でひっきりなしだ。既婚となった現在でも、うらら目当ての男客はやってくるらしい。今さっき食堂内を通り過ぎる際も、子供時代から変わらない反応を受けた。
「うちの親なんて、ヤスオは海から流れてきたんだ、とふざけてくるくらいですよ。ろくなもんじゃない」
語っているうちにふつふつと怒りが湧いきてしょうがなくなる。
「ほんの、ほんの一時期ですけど、自分は流れ着いてきた子供なんだって信じ込んでいましたからね。だからヤスオなんて安直極まりないネーミングにされたと納得したものです」
ヤスオとしては炎の訴えしたつもりだった。
残念ながら凪海へ気持ちが届かないどころではない。
笑われてしまった、しかも涙つきで。
「ヤスオー、おもしろすぎだろ」
と、目許を拭きながらの感想を述べられた。
本人としては真面目な告白をしたつもりだったから、多少の抵抗はしたい。
「いいいいいちおうですね、笑われるなんて心外です」
そっか、と答えた途端に凪海の表情から笑みが消えた。
なにやら普段では滅多にお目へかかれない真摯さを湛えてくる。
やはりいつもと違うようであれば、ヤスオだって心配になってくる。どうかしましたか? と訊かずにはいられない。
「せっかくヤスオが自分の恥ずかしいことについて打ち明けてくれたんだし、オレのほうでも話さないとな」
別に汚辱をさらしたつもりはありません、とヤスオは口にしかけて、止めた。余計な口を挟むより、耳を傾けるべき場面であろう。
凪海は海へ目を向けたまま言う。
「親父が沙織さんと再婚してから旅行は行かなくなったんだ。でも連れ児が三人もいるんじゃ、経済的にしょうがないけどな。うん、オレを含めて子供が四人じゃ、進学とか将来を考えれば、そんな余裕あるわけないの、わかる。わかってはいるんだ」
「な、何年ぶりくらいなんですか?」
ついヤスオは訊いてしまう。空気の重さに負けて口を開いてしまった。
「十年ぶりくらいかな。中二のオレと一緒に海へ旅行とか、なに考えてんだ、親父は、なんて思っていたら、再婚したいと切り出されたんだっけ」
凪海の生母は幼い頃に病気で亡くなっている。だからその手の話題には少し気をつけよう、と未亜に言われている。現にこれまで凪海の口から実の親については一切出てきていない。
これはとてもシリアスな話題だ。
ヤスオはプレッシャーに屈するタイプである。緊張しすぎると気持ちがいっぱいいっぱいになる。頭が回らなくなれば、阿呆なことを口走る。
「そうですか。二人目のお嫁さんをもらえるなんて、凪海さんのお父さんは男前に違いないようです」
ま、まあな、と凪海が困惑気味で見上げてくる。
直ちにヤスオは失敗を自覚した。
「すすすすすみません、くだらない茶々を入れてしまったようで。な、なにぶん、結婚相手どころかカノジョすら夢のまた夢の自分なもんで……羨ましくなってしまったという浅はかさなのですよ」
あははは、と凪海の笑う。なんだかいつもと響きが違う。
「うちの親父がヤスオみたいだったら再婚なんかしないですんだのにな」
再び顔を正面へ向け続けた声は乾いていた。
それに対し、なぜかヤスオが変な叫び声を上げてきた。