33.うう……いやな予感は当たります
窓から覗く夕陽に彩られた海は美しかった。
久しい帰郷だからこそ、ヤスオは目が奪われる。いい所で育ったと思える。
「本当に綺麗」
「なんだか申し訳ないくらいだぜ」
並んで外景へ顔を向ける菜々に凪海もまた感激を示してくる。
ヤスオとしては我が事のように嬉しい。
「うららと信二くんは旅館とする部分を強化したいと言うのも、わかりますよ」
「ええ、これだけの眺望があるならば、素泊まりだけなんてもったいなく思いますよね」
「東京から三時間でこんな場所に来られるだもんな」
菜々に凪海と絶賛が続けば、自分のことでないのにヤスオは照れてしまう。いや〜、と頭をかいた。
おいおい、と凪海がツッコミを入れかけたところで、背後から聞こえてきた。
「そうだよね。ここに居れば巨乳好きのシスコンになれるもんね」
三人が振り返れば、畳間で鞄のなかを整理している未亜がいた。機嫌はまだ直っていないようだ。
「未亜ちゃんもこっち来て見ない? 景色がとっても綺麗よ」
「未亜、この夕焼けを逃すの、もったいないぜ」
友人二人の誘いは的を射たものだ。せっかく来たのだから、と未亜の心を動かす。
ただし残念な男としての生き様をさらしてきたヤスオもまた同席している。
「そそそうですよ、未亜さん。巨乳がなんですか。それに妹好きだなんて勝手な解釈とか論ずるには値しません」
ゆらり、未亜が立ち上がった。皆がいる窓辺へ向かってくる。
まだ点灯には早いが、影が濃くなる時間帯だ。
暗がりの中をのっそり進んでくる姿に、ヤスオの背筋は凍る。
「……やっちゃん……巨乳好きは認めるんだね」
と、おどろおどろしい声音に、心臓は恐怖で鷲づかみされた。
「未亜ってさー、前から何となく思っていたけどさー、嫉妬深いよなー」
忌憚ない凪海の言動には泣かされ通しのヤスオだ。
だが、ここでは救われた。
そんなことないよー、と未亜が唇を尖らせて応戦する。凪海と交わす会話は調子を普段へ戻していく。
写真写真、と菜々が急いでデジカメを構えていれば、「うまく撮れそうお?」と訊いてくる。
いつもの感じへ戻って良かった良かった、とヤスオは胸を撫で下ろす。
と、同時にまた新たな不安が巻き起こってくる。元来がネガティブ思考の持ち主だ。このままでは碌でもない展開が待ち受けていそうで、女性三人に囲まれたものの気はそぞろだ。
なんとか自分の家族との接触は避けるようにしなければならない!
たぶんというか、おそらくトンデモない暴露は続くような気がしてならない。なにせヤスオが誰かを連れてきたなんて初めてだ。両親と妹が息子や兄の思い出語りする千載一遇のチャンスと捉えていてもおかしくない。
きゃいきゃい楽しそうな三人を目の前にすれば、これ以上の恥ずかしい秘密を知られるのは勘弁である。
近寄らせてなるものか、と熱く決心するヤスオだ。
だが現実は実家に等しい旅荘へ来ている。敵陣の懐にあるようなものだ。想いが上回れる環境にはない。
夕食の準備に両親と妹がやってきた。
テーブルを出し、座布団を手際よく並べている。
その時点でヤスオは気づければ良かったが、実際は料理が運び込まれてからである。
「あれ、なんで皿が七人分もあるのでしょう」
悪い予感にヤスオの口調が改まる。
「それはもちろん一緒に食べるからじゃない」
母親のバカねーといった調子だから、我慢ならない。
「なに勝手に決めてます。わざわざこんな所までやってきて、お疲れの三人ですよ。そこへ父さん母さんたちのような人たちが同席では気が鎮まりません。お客人の心境を慮るべきですよ」
「またまたー、緊張して疲れそうと嫌がっているの、ヤスオじゃない」
笑いながらするうららの横槍だ。
言い当てられたせいか、うぐっとヤスオはあっさり返事を詰まらせている。
兄妹のやり取りを眺める三人の女性陣は一様に理解した。
ヤスオが凪海の傍若無人を受け入れる素養は、うららによって培われたらしい。
そんなヤスオが未亜と凪海と菜々へ顔を向けた。
目で訴えていることは、何か。わからないはずがない。
けれども彼女らは大人だった。今後を考え、どちらを優先すべきか計算する。答えは三人一様で、しかもすぐに出た。
「わたしはぜんぜん大丈夫です」
「むしろご両親の話しを聞きたいくらいだ……です」
「むしろご相伴していただければ嬉しいですね」
未亜に凪海、菜々はヤスオを選ばずだった。
もはや味方がいなければ退くしかない。
ゲーム上では粘りのヤスでも、現世界のヤスオは撤退を得意とする。
しかし戦場でなければ、さらなる痛い目が引き起こった。
アルコールが入った時点で覚悟すべきであった。
普段以上に焼酎の杯が進む両親だ。
食事も佳境へ至ったところで、まず父親がぶち上げた。
「ところでうちのヤスオは男として機能してますかね〜」
ぎゃー! と真っ青な顔で叫ぶヤスオであった。