24.責任とってと……男女関係なしできました
責任を取ってください、とヤスオは二人の同僚に言われた。
一人目は、菜々だ。
週末はヤスオの家で過ごすようになっている。ゲームと食事に明け暮れる毎週となっている。チームYMN=やみんに入ったせいで確実に太ったと責めてくる。
会社のオフィスにて週の頭からなされる抗議に、ヤスオは腕を組んで重々しくだ。
「別に太ったように見えません。気のせいだと思いますよ」
「ちゃんと記録とってますから。毎晩、体重計に乗ってます」
「だだだだとしても、なぜ自分に?」
「私、食べた分だけ増えるタイプなんです。特に先週末は食べろ食べろって勧めた安田さんじゃありませんか。責任とってください」
ヤスオからすれば、言いがかりもいいところだ。
確かに昨日はいつもより食事へ力を入れた。
けれども元気のない未亜を見かねてである。なんだかやつれたよう映った。
祖父母の介護をした経験から、やせ細っていく身体は近づく死期を想起させる。だから珍しく気合いをこめて美味しさにこだわった。結局は野菜スープで終わらず、未亜が好きそうな肉を中心とした夜中の食事会になった。
ただ目的とした人物より菜々がより平らげていた。赤ワインが合うわ〜、とほろ酔い気分のまま牛のたたきやスペアリブにかぶりつく。
菜々本人には伝えられないが、今日の朝食で未亜と凪海が言う。
「菜々ちゃんのおかげで食べすぎないですんで良かった」
「あれじゃー、太るよなー」
女性陣の友情を守るためにも固く口を閉ざすしかないと、ヤスオは判断する。ならば責任を取るしかない。
お昼真っ只中のオフィスで決意を述べた。
「では今度は未亜さんや凪海さんにどれだけ反対されても、鮎川さんのために野菜だけとします」
ぷっと菜々は軽く噴き出し、口元を右手で覆うままだ。
「あくまで食べるなんですね。でも私を優先してが気に入りました」
「野菜スープの他は肉ばっかりでしたから。今度はもっと栄養のバランスを考えたメニューにしなければいけませんね」
「ホント、安田さんって、お母さんみたいなところ、ありますよね」
未亜や凪海も感じるヤスオの印象を菜々もまた口にしたところでやって来た。
責任を取ってくださいとする二人目の登場だ。ただしこちらは余計な一言から入ってくる。
「なんだー、やっぱ仲いいじゃないですか。もしかして安田さんの同棲相手って、鮎川さんなんじゃありませんか」
ニヤニヤ顔の一色だった。後輩社員は感じ悪くない生意気さを発揮してくる。
同棲相手ではないが、知られれば噂にされる間柄だとヤスオにだってわかる。
こんな自分とでは菜々の評判を傷つけるだけだ。
「なななななにを言いますか。そそそんなわけ、あるわけないじゃないですよ」
からかい甲斐がある先輩社員の反応に閃きかけた一色の笑みが、瞬時にして消える。きらり丸メガネの奥が光れば、ぎろり向けられた目つきは圧倒的だ。しかも菜々は睨むだけで終わらない。
「だったらふたりの間に割り込まないでくれるかしら。私だけじゃなくて安田さんも一色くんの話しに聞く耳は持たないようにするわ」
先輩女性社員には白旗を掲げるしかなかった。すみません、すみません、と必死に謝る一色である。
頭を下げる姿を自分に重ね合わせるヤスオだからフォローの手を差し伸べる。
「一色くんは何か頼みごとがあったりします?」
「そう、そうです。さすが安田さん、いえ安田先輩。後輩の気持ちを察していただいて感謝です」
調子いいわねーとする菜々の視線が送られるなか、一色が両手を合わせた。
「実は開発の依頼を受けまして。初めてプロジェクトを立ち上げられそうなんです」
「それは凄いじゃないですか。おめでとう、成功を祈るよ」
決してヤスオに悪意はない。だが最後の一言は不安を煽るに充分だった。
一色がよりいっそう慌ててだ。
「いやいやいや、安田さん。そんな他人行儀な。参加してくださいよ、俺と一緒にやってくださいよ」
と、さらに頭を下げては合わせた両手を突き出してくる。
「えっ、自分なんかでいいの。せっかく初プロジェクトなのに、こんなのじゃなくても」
ヤスオの返事に、一色は互いに生じている齟齬について思い至ったようだ。拝む仕草を解いては、やや真剣とした面持ちへ変える。
「安田さんじゃなければ、ですってば。こんな小僧がリーダーじゃ、たいていのヤツなんて内心おもしろくないに決まってますよ」
そうなの? とヤスオの本気が知れる質問返しだ。
だからこそ一色は力説した。
片桐でさえ年上社員の扱いには苦労する場面をたびたび見かける。特にプログラム作業へ特化した職人気質の持つ人物は大変だ。だけどプロジェクト遂行には必須である。
「全面的に助けてくれるとしたら安田さんくらいじゃないですかね」
「助けるもなにも仕事だから、やるよ」
「そう当たり前に考えてくれるのって、安田さんくらいですよー。こっちが下だと平気で手を抜いてくるし。でもだからといって同年代の連中は当てにならないですし」
そうなんだ、とヤスオは胸の前で腕を組む。さすが若い身空で皆を引っ張る立場を望むだけある。いろいろ気づくものだ、と感心していた。つまり要請に快諾を決めていても、色好い返事をまだしていない。
当然ながら焦る一色は、責任を取ってください、と言い出した。
どうやら発注先は賛和企画であるらしい。新しい担当者に前任者が迷惑をかけたお詫びもこめて、という流れである。ヤスオと一緒に問題を切り抜けられたせいで仕事が発生したとする、こじつけで泣きついてくる。
面白い人だとヤスオが評価している傍で、菜々が冷然と言い放つ。
「デビュー戦なんて周囲からすれば、手がかかるだけです。そろそろ片桐さんも動きだすでしょうから、そちらを待ちましょう」
自分だけでなく他の男性社員も菜々には敵わない例をまざまざと見せつけられた。
責任を取る! この重そうな響きはオフィス内のたわいもない一コマで終わった。
責任を取らなければ、とヤスオ自身が考える事態がその後に待っていた。