22.それは違う……主なので
お見送りの段になって、ようやくだ。
「ところで、拓真、龍太。ヤスオ呼ばわりはないだろ」
いきなり凪海がお姉さんとしての役割を果たそうとしている。
玄関先で肩を並べるヤスオは今さら感しかない。
「別に構わないですよ」
「こっちが構うんだよ。おっさんを呼び捨てする失礼なガキなんて、躾がなってないってなるだろ」
ヤスオからすればである。弟さんより凪海のほうが失礼な気がしないでもない。
それは注意されたほうも思ったらしい。
「凪海姉がそれ言うか」
「お姉ちゃんだって、ヤスオーっていうじゃん」
拓真と龍太が揃って抗議を挙げた。
だが相手は凪海である。どこ吹く風とばかり胸を反らしてくる。
「オレはいいんだよ、特別なんだから。な、ヤスオ」
はい、と答えてしまうヤスオであった。
嘆息を吐きつつ大翔が、そんな二人を見つめる。
「本当に凪海とヤスオさん、そういった関係だったんですね」
「まぁな」が凪海であり、「すみません」とヤスオはいつもの調子だ。
それから凪海が弟たちへ、人前ではちゃんと苗字のさん付けで呼ぶよう言い含めていた。
「え、ヤスオってヤスオじゃないの?」
と、龍太の驚愕ぶりが爆笑を誘う場面もあったが、取り敢えず戒めたとした。
また遊びにきてね、と菜々が龍太へ抱きついている。
えらい執着ぶりに凪海が不安そうにヤスオの耳元へ囁く。
「なぁ、菜々さんてヤバげなショタってことはないよな」
「自分も今日初めてみる姿なので……隠してきた性癖だとは思いたくはないのですが」
それじゃ、と大翔が長兄として引き揚げの号令をかけている。
「またゲーム、教えてください」
拓真の真剣な願いに、「はい、いつでも」とヤスオがする返答は感激も露わだ。これで気持ちが乗ったせいだろう。
「大翔くんも、遊びにきてくださいよ」
慣れないことをすると大抵は痛い目に遭う自覚がヤスオにはある。非常に珍しい積極的な言動を取っていた。
ありがとうございます、と返ってきた。大翔の下げる頭は深い。逆に恐縮してしまうほどだ。やはり慣れないことはするものではない。
またねー、と龍太の声が聞こえるなか、突然なる訪問者たちは道路の向こうへ歩いてゆく。必ずよー、と菜々が涙ながらに返す姿は、凪海ばかりでなくヤスオでさえ、やや引いてしまった。
「今日は弟たちが迷惑かけてすまなかったな、ヤスオ」
三兄弟の姿が見えなくなるなり、凪海が姉の姿を見せてくる。
「なにをおっしゃいますか。自分のほうこそ楽しかったです。それにですよ、子供にバカにされることはあっても、凄いなど言われるなんて……人生初めてかもしれません」
思い出せば、傍に他人がいることなど忘れてである。じーんとしてしまうヤスオだった。
それを奈落へ突き落とす役は、もちろん凪海だ。
「特に拓真には言っておかなきゃな。あのおっさんはゲーム以外、なにも無いぞ。ああなったら人間お終いだって、きっちりわからせとかないとな」
「せっかく良い気分なところなのに、真実の指摘はとりあえずせずに置く、武士の情けをしてくださいよ」
発言を認めているヤスオの抗議である。
反論してこいよー、と凪海が呆れるなか、菜々が笑いながらである。
「でもホント、安田さんって凪海さんに対するコメントは面白いですよね。特に大翔くんの結婚してやってくれの返しは秀逸でした」
食事が終わりに近づいた頃だった。
ヤスオへ大翔から凪海と結婚して欲しいの要望があった。
途惑いは一瞬で、すぐさま反応は上がった。
なーにバカなことを、と凪海が相手に出来ないとする態度を示す。
ヤスオは彼らしく慌てふためく。
「ちょちょちょちょちょちょちょっと、そそそそれはまずいですよ」
まずいんですか、と大翔の声は険を含んだ低さだ。
ならばヤスオは懸命になって訴える。
「いいいですか。自分と凪海さんは主従関係みたいなものです。一方的に相手の言うことに付き従うしかない、対等など望めない仲なのですよ。因みにどっちが主かは言わなくてもわかりますよね」
「おい、ヤスオ。どさくさでまたオレを貶めてねーか」
普段なら凪海に言われて引っ込むが、人生の大事についてご家族から訊かれている。いーえ、とヤスオは強い口調で始めた。
「いいですか、自分と凪海さんはひと回り以上も離れています。これが何を意味するか。交際などそうあり得ない年齢差にあるにも関わらず、一方的な立場が構築されています。しかも下が強い。一般的な社会的視点で我々の関係性を断定するなど難しい限りなのですよ」
ゲーム好きの四十手前にある大人の力説が終わった途端である。
なにいってるか、わかんなーい! と龍太が挙げた。
問題は小学三年生だけでなく、他の十代から二十代の大人まで首を傾げた様子を見せてきた。
ならばヤスオの焦りは増大する。言わなくてもいいことを口にする。
「つつつつつつまりですね、自分は凪海さんに使役されるモンスターみたいなものですよ。もちろんレベルが高くない時点で仲間になったヤツです」
誰の反応もなかった。
ええと、と汗をかかんばかりにヤスオが頭を巡らせている。
その横で凪海が大翔だけでなく拓真や龍太へ目配せしては言う。
「ま、こういうヤツだから変に考える必要ないぞ。心配するなんて、バカらしくなるだろ」
わかったー、とする龍太の明快な返事が兄弟の総意なのは疑いようもなかった。