16.怒りの発散は……意外が待ってました
なんだなんだー、とレオンが肩をいからせて前へ出ていく。
先だって勝負がついたはずのリュウジが率いるチーム『モスト・パワフル』が行手に立ち塞がった。所詮はアバターと侮れない気迫を漲らせているようだ。アタッカーが多めの編成を組んでいれば戦闘装備からして迫力ある。
だからこそだ。我がチームきっての荒くれ者であるレオンが黙っていられるはずはない。
「おらおらオメーら。リベンジにきたんだろ。いいぜ、ちゃんとキン○マ付いているか、確かめてやる」
本日は下品さも加わっていれば、リュウジらは中身が女性で、しかも美人さんだとは想像もつかないだろう。
画面の前で横に並んで操作するヤスオからすれば、別人のごとくである。
同棲してるんだと会社で散々冷やかされた日の帰宅した玄関口だった。
いきなり未亜に胸へ飛び込まれた。
すがりついて泣いてこられた。ごめんなさい、と何度も呟いてくる。
驚きすぎたおかげで慌てるよりだ。まるでテレビドラマのようだ、なんて考えたりする。男の胸に女がすがりついて涙を流す。こういうシーンはよく見てきた。
衝撃が強すぎて現実感が持てなかった。
不幸中の幸いというべきか、取り乱さず済んだヤスオだ。
抱きつかれたまま向ける顔の先に凪海が事情を了解した表情で立っていたことも落ち着けられる要因となった。
聞いてしまいましたか、と訊けばである。
胸で泣く未亜に代わって、凪海が教えてくれた。
元婚約者と名乗っていた切狹が連絡を入れてきたらしい。ヤスオの会社へスキャンダラスなメールをばら撒いたとするメッセージを未亜へ送ってきたそうである。
「か、彼はアホですか」
聞き終わったヤスオの第一声だ。
確かに未亜に対する嫌がらせは叶っただろう。現に泣き崩れている。
ただしである。ヤスオの会社側にすれば、見知らぬ送信先であれど本気で調査に乗り出せば割り出せないことはない。普段の評判から、切狭だろうと予想もしていた。だがこの程度のことなら大袈裟にするほどでもない、と判断しただけだ。
それを自ら犯人だと名乗り上げてきた。
本来なら個人のプライベートを拡散するなど犯罪に準ずる。
訴えられたら、会社に在籍していられるか怪しい。訴えられずともバレたら会社における立場はなくなるだろう。危険性をわかっていないのか。
「まぁ、あれじゃね。目先の感情に捉われて現実が見えなくるヤツっているもんな」
「ここまでやってこられたのは単なる運が良かっただけなんて、こういった人は気づかないでしょうね」
凪海とヤスオの社会をしみじみ語るといった会話が、未亜に顔を上げさせた。
「あのヤローなんてどうなろうがいいけど、やっちゃんが犯罪者の娘と一緒に暮らしていることは会社に知られちゃったじゃない。わたしのせいでまずいことになるじゃない」
「それはないですね、まるっきり有り得ません」
うんうんと独り合点した仕草をしてのヤスオがする断言だ。
ホント、と涙目の未亜が祈るように両手を合わせてくる。
きちんと説明をした。未亜の父親が犯した事件内容は自分に影響を与えることなどない。問題は個人的な点だ。同棲同棲と、皆がいじめる、といった調子で話しをした。
目許を拭きながら未亜は「ホントに大丈夫なんだね」と確認を入れてくる。
ホントですよ、とヤスオが返せばようやく表情を緩めた。
だから言ったろ、と凪海が笑み混じりで後押しする。けれどもこれで終りとする相手ではない。
「だけど切狭というヤツもバカだよな。てめぇが嫌がらせしているつもりが敵に塩を送っているんだぜ」
「え、なんかそんなこと、ありました?」
訳わからないとするヤスオへ、にやり悪い予感しかさせない笑みを凪海が浮かべた。
「おかげで未亜を抱けたじゃん。嬉しそーな顔をしてたもんな、ヤスオ」
「ちょちょちょちょちょちょっと、なななにを言い出すんですか。未亜さんが真剣に悩んでいるのに、にやけてなんかいませんよ」
「いんや、笑ってた。ヤスオ特有の、にやにや笑いしてた」
「なななならば、そこは黙っててください。そうそう、そこは武士の情けをしましょうよ」
「なんだよ、認めてんじゃねーか」
これに未亜が声を上げて笑いだした。
おかげでこの話しはお終いとなり、いつまで玄関にいてもとなる。
今晩は料理を温め直すだけとする夕餉だった。
ヤスオが着替え終わって居間へ戻れば、さっそく食事に入る。
ある程度、箸が進んだところで、未亜がヤスオへ顔を向ける。
「やっちゃん、あのヤローを告発するなら、わたし協力するよ。スマホのデータ、出すよ」
「いや、このままにしておきましょう。なぜなら彼、これから海外転勤ですから。変に会社をクビになって日本に居残られたら、それはそれで不安要素になります」
「だな。切狭って言ったっけ。なんだか逆恨みしそうなヤツだもんな」
凪海も賛成としてきた。
確かに、と未亜も納得した。
だが切狭は想像以上に頭の巡りが良くなかった。
無反応を決め込んでいたところへ、また後日になってメッセージが送られてきたらしい。またバラ撒くみたいな内容をしょうこりもなくである。
まぁまぁとヤスオはなだめた。もう少し様子を見ましょう。あまり酷いようだったら、また考えましょう、とした。
渋々といった感じで受け入れた未亜が発散を求める場は『スタルシオン』以外にない。アタッカーが意欲満々なのは、チームとして悪いことではない。戦闘を俯瞰するロールにある凪海や菜々は多少の不安を覚えていたものの、ゲーム最優先のヤスオは頑張ってくださいとなる。
手強いモンスターでも打倒しそうな勢いを激らせた『チームYMN=やみん』であった。
その前に立ち塞がったリュウジのチームは間が悪いも甚だしい。
ヤスオとしては出来るだけ早くすませ、元の行き先としていた渓谷へ向かいたい。どうやらレアなモンスターに出会す可能性が高い時間帯なのだ。、リベンジしたいなら日を改めて欲しい、ここは話し合いですませたかった。
意外な行動を見せてきたため、そうは簡単にいかなくなった。
ゲームキャラなれど意を決した様子でリュウジが言う。
アニキ、と。
アニキと呼ばせてください、と頼み込んできた。