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14.問題はないですが……そう簡単には

 夜遅くの夕飯は惣菜が並ぶことと相成った。

 割引セールのシールが貼られた容器が並ぶ。栄養のバランスが考えられたラインナップだ。


「いいタイミングで行ったんだな」


 座布団へ腰を下ろす凪海(なみ)に、正座しているヤスオが蓋を取っている。


「ええ、まぁ、なんといいますか。スーパーへ行く時間が予定よりだいぶ手間取ってしまいまして……」

「あったまきちゃう!」


 炊飯ジャーからご飯を装いながら未亜(みあ)の堪えきれない憤慨だ。

 炬燵テーブルを囲むいつもの光景は普段より穏やかならざる空気が漂う。


 もっともすっかり今の生活に馴染んだ三人だ。


 ともかく食おうぜ、と凪海が切り出せば、ヤスオだけでなく未亜もうなずく。いただきますと三つの手が合わさった。


「もう、せっかく今晩は新メニューって、はりきっていたのに。あのヤロー」


 食事が少し進んだところで、未亜が茶碗と箸を持ったまま頬をふくらませている。

 ちょうど口の中を呑み込んだ凪海が笑みをこぼした。


「そっかー。つまりヤバいものを食わされる可能性をそいつが潰してくれた、とも言えるわけだよなぁ〜」

「なにそれ、ヒドくない。もしかして美味しかったかもしれないのに」

「自分から、もしかしてとくるかー」


 どうやら楽しそうであれば、ほっとした面持ちでヤスオはご飯をかきこむ。


「それにわたしより、やっちゃんだよー。ねぇ、本当にあのヤローが言っていたこと、大丈夫なの?」


 帰りに説明したが、未亜の心には未だ引っかかっているようだ。凪海の前でも確認したいとする気持ちはわかる。


「もう仕事を回さないといった話しですね」


 未亜を待ち伏せしていた元婚約者と名乗る男は、切狹祐治(せっさ ゆうじ)。昼間にヤスオが一色(いっしき)に付いて謝罪の名目で訪れた元請会社の担当者だった。どんなところで出会いの歯車がかみ合うか、不思議な縁を感じたものである。


「そうそう。やっちゃんは仕方がないですね、なんて答えていたけれど、どうも、ほら、心配で……」

切狹(せっさ)さんの担当分は途絶えるかもしれませんが、会社全体の取引まで及ぶような話しじゃありませんよ。幸いにも自分なんか、業務に支障が出るようなポジションにいませんし」


 それに本音としては、仕事うんねんよりもである。未亜の婚約者だったとする実情を知れたほうが重要だった。


 お行儀悪く凪海が箸で未亜を差しながらだ。


「そいつだっけ、未亜に婚約破棄してきたって言うヤツは」  

「違う、違うから。婚約なんて、あのヤローが勝手に言ってただけだから」


 その後の説明によればである。

 お見合いの相手ではあったらしい。恋人もなく、当時に勤めていた会社の上司から勧められれば、一度は会ってみてもいいかくらいで受諾した。その相手が切狭である。


「で、見合いの場ですっかり気に入られてしまったわけだ、未亜は」


 ちゃかすみたいな凪海に、未亜は憤然と答えた。


「こっちの話しなんか、ぜんぜん無視。一人で婚約だー、結婚するんだーて騒いでた。わたし、次に会う約束だってしてなかったんだよ」

「それで親父さんの事件で、掌返しってわけか」

「むしろそれはそれで良かったって感じ。だけどあいつ、吹聴するのよ。俺は騙されたって、婚約までしてやったのに、なんて恩着せがましく、あちこちで言うし。してないっつーの!」


 当時の記憶は未亜を凪海以上の乱暴な言葉遣いにするらしい。

 それは嫌ですね、とヤスオも同情を寄せた。たちが悪いですね、ともれたほどだ。 

 そぉおおなのよー、と未亜の返事は地響きを立てそうな迫力であった。


「でさ、なんでそいつ、今頃になって未亜へ会いに来たんだ」


 質問の直後に凪海の口へおかずとご飯が放り込まれる。もぐもぐと咀嚼する顔へ、はぁーと未亜が嘆息を吐いて回答した。


「東南アジアのどっかへ転勤すんだって。だから連れてってやるそうよ。事件も決着をみたいだからだって」

「なんだよ、一人で行くのが淋しいだけじゃねーの、それ」

 と言ったところで凪海は何か思い当たったようだ。ヤスオへ目を向けてくれば、何が訊きたいか察しはつく。


「海外へ移動ですから、自分たちの担当は外れるわけです。仕事を出す出さないの権限はなくなるわけなので、今晩のことを心配する必要はありません」


 そっかそうだよね、と未亜が真っ先に反応を見せた。

 そうですよ、とヤスオはこれにて一件落着を表明する。

 仕事だけではない。男女の仲としても、しっかり切狭に見せつけた。

 今この人と同棲しているの、と未亜がヤスオへ腕を絡ませた際の顔はなかなか忘れられそうもない。そんな馬鹿な、とする気持ちはとてもよくわかる。こんなヤツかよ、と悔し紛れの捨て台詞を吐いていたた。


 何と言われようが、ヤスオとしては構わない。これで煩わしい事態へ陥られずにすむならば、良しである。なにせわざわざ未亜がいそうな地域を探り当てて、会いにきたくらいだ。

 ストーカーへ発展しそうな要素は十二分にある。

 問題になる前で食い止められた。どうせ国内から消える人物である。もうこれで忘れるとしよう。


 けれども翌日にヤスオは思い知らされた。

 たちが悪いと評判が立つだけの相手であれば、簡単に引き下がりはしないのだ。


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