9.よりよって……この人に知られるとは
かつて同棲していたとする未亜の告白に対してだ。
羨ましい、と返すヤスオである。
当然ながら同じ家で生活する女性二人であっても不明な限りだ。
だが凪海が何か思いついたかのよう。なるほど、と、ぽんっと手を叩く。
「なんだ、やっぱりヤスオも男だったんだな。いやらしいヤツだぜ」
「なんですか、いきなり。そうそうこの際だから凪海さんに注意を喚起したいものです」
「なにがだよ」
「先日のスタルシオンでもそうでしたが、このチームには男がいないなど、自分を無視した見解が多すぎですよ。男として扱えなくても、せめて認識くらいはしてください」
わかった、とする凪海の返事だった。
意外な想いが隠せないヤスオだ。まさかこんなあっさり了解されるなんて思いも寄らずである。
直後に甘さを痛感させられた。
「ヤスオって世間ではあまり男として認められていなそうだもんな。わかった、オレと未亜だけは認めてやるぜ。菜々さんは微妙かもしれないけどな」
ずいぶんな言われようできた。なんだかあんまり嬉しくないんですけど、とヤスオは文句を垂れずにいられない。
けれども真実に慌てる展開はこれからだった。
ははは、と凪海は笑ってからである。
「それで、男として認められたいヤスオは要求したいわけだよな。同棲が羨ましいとする肝心なことをしたいわけだ。しょうがねーのかな、うちの弟たちも猿みたいなとこもあったし」
これに驚きを示した者は、向けられた当人ではない。ヤスオにとって女性は異界に属す存在であり、交われる相手でないと意識下に刷り込まれている。
代わりとばかり未亜が難しい顔で反応した。
「え、まさか凪海、やっちゃんと……」
「んなわけねーだろ。そこはあれだよ、未亜が責任持て。けどよ、外でしてくれよな。この家でしてたなんて思うと、さすがのオレでもちょっとなー」
「で、でもさ……やっちゃんて。そうしたことはお仕事にしている人以外には経験ないみた……」
しまった、とばかり慌てて口を閉ざす未亜だ。
そうなのか! とひときわ大きく上げた凪海は、にやり笑う。悪魔も真っ青な邪悪な表情である。
ごめん、と未亜がヤスオへ両手を合わせて頭を下げている。
謝罪を受けたほうは、未だ謎としたままだ。
凪海がはっきり口にして、ようやくだった。
「なんだよ、ヤスオって、しろうとドウ○イだったのかよー」
ぎゃーとヤスオは絶叫した。
うっかり口を滑らせてしまった謝罪だとやっと理解できた。ホントごめん、と未亜が繰り返し謝ってくる。
あわわわわ、とヤスオは声が出ないほどうろたえるばかりだ。
「おうおう、ヤスオのおかげで、人間の泡食っている状態がどんなもんか、よくわかったぜ。そうか、図星かー」
やけに楽しそうな凪海だから、なんとか闘志を燃やせたヤスオだ。普段なら黙ってやり過ごすところだが、毎日顔を合わせる相手であれば反撃もしよう。ただし戦うとする姿勢は自己基準であり、実際の態度はさほどでしかない。
「そそそそそう言いますけどね。しょしょしょしょうがないじゃないですか。こんな歳になってもお付き合いどころか、デートだってしたことないですよ。所詮は自分ごときなんですよ」
なんだかよりバカにされたくて訴えているみたいじゃないか、とヤスオは言った直後に思う次第である。
はぁ〜、と凪海に嘆息を吐いて肩を落とされてしまう。哀れみの眼差しをもって、ぽりぽり頭をかきながらである。
「そうだよな、ヤスオだしな、しょうがないよな」
と、まるきり救いにならない同意を挙げていた。
そうなんですよー、とヤスオがなにやら理解をしているようであってもだ。
未亜はまだ責任を感じているようだ。
「で、でもさ。やっちゃんが風俗行っていると聞いて、わたし安心したの」
「なにがだよー、未亜」
当人のヤスオでなく、凪海が疑問を呈してくる。
「別に否定をするわけじゃないの。愛に性別関係なしが認知された現代じゃない。だけど、ほら、やっちゃんがそちら方面だったら、なんか寂しいというか、ああそうなんだっていうか……」
イマイチなに言ってんだかわっかんねーぞ、と凪海が返す横でであった。
がばっとヤスオが顔を上げた。
なんだなんだ、と凪海を驚かすほどの勢いだ。
真っ直ぐな目を向けられた未亜は真剣な面持ちで言葉を待つ。
ヤスオは中身が空の湯呑み茶碗を握りしめた。
「じ、自分は女性が好きですー。だから未亜さんが羨ましいと思ったのですよー」
ヤスオがする魂の叫びであった。
でもおかげで、どうしてこんな話しになったか。未亜と凪海は発端を思い出せていた。