8.早く聞きたい……はずなのですが
昔の男、つまり以前に付き合っていた恋人か。
公園で抱き合う未亜と見知らぬ男性の光景がヤスオの脳裏に甦る。
そうならば腑に落ちる。
未亜ほどの女性ならば恋愛遍歴は多々あってもおかしくない。
見かけた男性も相手として相応しいように映る。
較べて自分ときたらどうだ。
この年齢になっても交際経験が一切ないとくる。男女間におけるイベントに全く縁がない人生でもある。
なんだか自分が無性に悲しくなってきた。ずーんと落ち込んだ気分を止められない。
肩が落ちてしまうヤスオである。
だが未亜と凪海にモテない男の複雑な心中を察することは難しい。
「ちょっと外へ出て話すか。未亜は話しにくいだろうし、ヤスオに聞かせたくないだろう」
抜群とする気遣いを凪海が見せてきた。
ううん、と未亜がゆっくり首を横に振る。
「聞いて欲しい、やっちゃんにも。いつまでも隠してたらダメだよね。いいかな?」
いつになく真剣な顔を向けられたヤスオは、現在の気がかりを口にした。
「聞きます、聞きたいです。でも未亜さん、お腹減っているでしょう。まず食べてからにしましょう。カレー、おいしかったですよ」
好奇心を剥き出しつつ食事を勧められた。締めが上手くいったおかげで神対応だったと後で評価された。もっともヤスオとしては手放しで喜べない。ただ考えなしに言っただけだ。未亜と凪海がいい間を取ったと褒めてくれたが、焦るまま口走ったにすぎない。
未亜が食事を始めれば、早く食べ終わらないかな〜聞きたいよぉ〜としていたくらいである。
居間の炬燵テーブルを三人は囲んだ。
会話の準備は出来ており、かつ食べながらのほうが気楽に話しやすかったようだ。
わたしってさすがじゃん、と未亜が自身の料理を絶賛すれば、「カレーまで変だったら、救いないだろ」と凪海が笑うように返した後に説明が始まった。
彼の名は、馳暁斗。世間一般に名が通るほど有名な大手商社へ勤めている。
未亜の元恋人であり、同学年の三十歳だそうだ。
父親が亡くなったことを知って連絡を寄越してきた。
へぇ〜、と凪海が初めて聞いたみたいな様子を窺わせるから、ヤスオは訊いた。
「あれ、凪海さんは未亜さんの恋人だった馳さんを知らないのですか」
「知らない知らない。だって未亜と知り合ったの、フラれてやけくそになっていた時期だったもんな」
うんうんと未亜がうなずいている。
へぇー、とする感嘆句を今度はヤスオが挙げた。
「ゲーセンで凪海と知り合ったのよね」
「そうそう。壊れるんじゃないかってくらいボタンを連打していたよな。ビデオ系をやっている時はストレス発散だろうが、うるせぇうるせぇー」
「荒れてたのは認めるけどさ。わたし、そんなに声、出していなかったと思います!」
「本人は気づかねーもんだよ」
間違いないとばかりの凪海に、「そんなことないもん」と未亜が唇を尖らせている。
それを横で聞くヤスオと言えばである。
感動していた。
我が家へ住みついた女性二人の出会いが知れた。ゲームセンターとする場所を出会いにしている点が、なんだか嬉しい。未亜も凪海も自分につながる趣向の持ち主である。スタルシオンでチームを組む運命だったんだ、と大仰なまでに解釈を広げていた。
「未亜さんや凪海さんは当時、どんなアーケードゲームをやっていたんですか」
と、すっかり興味がゲームへ移行してしまう。肝心とする事柄を忘れてしまう。
もう五年前くらいかな〜、と未亜が始めれば、凪海がゲーム機種の名前を挙げてくる。
それで盛り上がってしまった。
従来の話題を再開するには、食器を片づけ、食後のお茶を飲む段まで待たなければならなかった。
ほぉー、と三人同時に湯呑みから口を離したところで、未亜が切り出す。
「ええっと、話しの続きする?」
「おおおおお願いします」
是非とするヤスオであるが、つい今まですっかり忘れていた。おかげで吃ってしまった。
「そういやー、未亜の元カレ。なんて名前だっけ?」
凪海などは忘れていたことを隠しもしない。
もっともヤスオも相手の名前を忘れていた。先ほど未亜を抱きしめていた男性にあれほど胸をざわつかせていたにも関わらずだ。ゲームの話題になればあっさりかき消えてしまう。
こんな自分でいいのか! と激しく自問するヤスオであった。
ただし、暁斗とは付き合いが長くってさ、と未亜が始めれば意識の全てが向かう。
どうやら交際は高校一年から十年にも及んだらしい。大学も一緒で、順調に就職も果たす。いずれ結婚すると信じていた時期もあった。
「社会人になって二年目くらいかな、一緒に住むようになっていたの」
「それは同棲というやつですね」
現在同じ屋根の下に住んでいるはずのヤスオが、凄いなとするニュアンスを込めて確認してくる。
なぜか未亜が身を縮ませて、おぞおずだ。
「う、うん。だから……そのぉ、男の人がいる家に住むの、初めてじゃないんだ……ごめんね」
そっか、と凪海は気持ちがわかるとした一言を挙げた。
ヤスオの反応といえば湯呑みを持つ手を震わせていた。なにやらただならぬ様子である。怒っているような様相に見えなくもない。
だから未亜と凪海は少々身構えて、ヤスオの言葉を待っていた。やがて心の底からとする声を発した。
「正直に打ち明けてさせてもらえれば、うらやましい……未亜さんが羨ましい限りなのです」
唖然とする空気が、少なくとも居間の三分の二を占めていた。