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7.有難いとすべきか……遠慮はありません

 柄にもなく張り切ったのがいけなかったか。


 普段なら洗濯が面倒になるからと舗装路を選ぶヤスオだ。

 今晩は少し走りたくなった。それくらい気持ちが弾んでいた。

 どこかへ行くための算段を取り仕切れた。生まれて初めての結果が妙に喜ばしい。

 早めに帰宅して料理をしよう。今日は自分が作って他の二人へ振る舞いたい、とするくらい気分が乗っていた。

 雑木林の、人が歩いたことで道となった所を早足で行く。


 抜けた先には住宅地を造成するうえで規則上設置された公園が待っている。近所の子供が立ち寄るだけの小ささだ。遊具も砂場とブランコだけであれば、遊び場として貧相感は否めない。

 夜に立ち寄る者など滅多にいない。

 もし来るとすれば、親に怒られて飛び出してきた子供か。

 もしくは誰も来ないことを見越した大人だろう。


 運悪くヤスオは後者に出くわしてしまったようだ。

 しかも知り合いとくる。

 常夜灯だけとする明るさは弱いが見紛うことはない。


 未亜(みあ)だった。

 きちんとしたスーツで身を包んだ青年の胸に顔を押し当てている。ほっそりした背中へ相手の腕が巻かれている。


 どこから見ても男女が抱き合っている構図だった。


 反射的にヤスオは樹木の影へ姿を忍ばせた。こそこそするのは得意だ。長年に渡り自分を目立たせないようしてきた意識によって培われた能力がある。

 音を立てず、気配も消して、こっそり窺う。


 咽び泣く未亜を抱く男を観察した。

 なかなか格好いい。服装だけでなく、社会の第一線を走っている雰囲気がある。男の色気を濃厚に醸し出している印象も受けた。つまりヤスオと真逆なタイプだ。

 そして何より未亜とお似合いのように見受けられる。


 足音を消してヤスオはその場を離れた。

 元来た道へ引き返す。

 結局は普段のコースが帰路となった。

 いつもの住宅街を歩きながら改めて思う。


 モテる女性なんだよな、と。


 ただでさえアラフォーとされる年齢のおっさんがどうこうできるはずのない美女だ。況してや安っぽい人生を邁進してきた自分である。わかっていたことだ。


 なのに……がっかりする気持ちが抑えられない。


 足取りも重ければ、家に着くまでずいぶん時間がかかってしまった。

 居間が灯っているのを外からでもわかる。

 未亜だったら、どういう顔をすればいいか。ちょっとためらいつつ中へ入れば、懸念は無用と知らされた。


「ヤスオも今、帰りかー」


 どうやら帰ったばかりらしい凪海(なみ)であった。まだビジネススーツ姿で、台所へ立っている。ガステーブルに乗った鍋の蓋を開けていた。


「今晩はカレーか。しかしなんだ、相変わらず具の形がスゴいな。ここまでくると、ある意味、才能だよな」

 と、笑いながらヤスオへ向けば表情が変わった。


「おい、どうした。なんかあったか?」


 鋭い凪海には、ヤスオはしどろもどろだ。べべべべ別に、と怪しさ全開である。


 ふーん、と唸る凪海は前髪の間から覗く片目が射抜くような光りを放っている。承服はしてなさそうだ。だが着替えもあるせいか。まぁ、いいか、と一言をもらして自室へ向かう。


「先に食ってしまおうぜ。オレ、もう腹ぺこなんだよー」


 階段を昇りながら大声でかけてくる。

 本来のヤスオなら、カレーを作ってくれた人が帰ってくるまで待ちましょうと言っていただろう。今回は「そうですね」とする一言だけしか出てこない。

 凪海のほうも、未亜の名前を口にしなかった。


 それから白々しいほど普段通りとする食事をした。

 明るい口調で勤め先の文句を言う凪海に、ふむふむとうなづくヤスオだ。たまに意見を上げれば、「ヤスオのくせに生意気だ」と理不尽な反応にはすっかり慣れている。調子は変えず、内容だけを慎重とする食事中の会話だった。


「ただいまー」


 ヤスオは残り少なくなったカレーの皿へスプーンを伸ばしかけていた。未亜とわかるそれに、ビクッと震えてはそのまま固まってしまう。


 こういう時はつくづく思う。


 凪海が同居してくれて良かった。

 家出してきたと押しかけてきた当初は、もういい年齢とした社会人でしょう、みたいなことを口にしていた憶えがある。二、三日もしたらずっと以前から居たみたいに馴染んでいた。今や仮住まいどころか、ヤスオから部屋を奪い取っている。

 もしかして主よりこの家に溶け込んでいるかもしれない。

 少なくとも人間関係において距離はない。

 有り難くも凪海が気安くだ。


「未亜ー、どこへ行ってたんだよ。先に食っちまったぞ」

「あ、ごめんごめん。ちょっとね」


 普段と変わりない顔で居間に入ってきた未亜だ。

 波風は立てない主義が顔を出すヤスオは、いつもの感じでと自らへ言い聞かす。

 ただ感謝していたはずの新たな同居人は暴風雨もまた呼ぶタイプだ。


「おい、未亜。泣いていたのか」

 とする指摘は心配しているからと理解できる。


 う、うん……、と気まずそうに返事した未亜へ向ける内容ときたらである。


「なんだー、もしかして昔の男に会ってたのかー」

 と、遠慮がないにも程がある。


 会話の外にいるヤスオがどきどきしてしまった。

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