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4.大した問題ではないですが……あるにはあります

 夕飯が終わりに近づいたら、未亜(みあ)がにこにこしだした。


「今日はわたしが作ったデザートがあります」


 えっへんとばかりだが、現在はツッコミ担当が同居している。


「プリンだろ。それくらい作れなくて主婦担当がどうすんだよ」


 凪海(なみ)が心底から呆れているとわかるから、癪に障ったようだ。


「豆乳だから、そこらの市販のとは違うもん」


 むきになる未亜を見れば、ヤスオは嬉しく思う。

 憎んでいても寂しい終わり方をした父親に、かなりショックを受けていた。それでも日々を重ねていくうちだ。不意に見せる暗い表情はだいぶ減っている。今日などは皆無に等しい。良かった、良かったである。


「もぉおおー、やっちゃんもそんなに笑わないでよー」


 今も指差されて未亜から抗議を受けていた。

 愉しいを胸のうちで留めていたつもりが面に出てしまう。にやにや気味が悪いと評される笑みを本人が自覚しないまま浮かべてしまう。ヤスオの最大と言える弱点だ。

 見慣れている未亜だから気持ち悪いとならないものの、完全な誤解を生んだ。でもここは正すことなく「楽しみですよ」とだけ答えておいた。


「未亜さん、ずっと家事しているんですか」


 箸を置いた菜々(なな)の問いに、当人を遮って凪海が返答した。


「未亜の前の部屋も綺麗じゃなかったもんな。掃除したというけど、ホント雑だもんなー」


 未亜は反論はしない。その代わりにといった意見を挙げた。


「今は家事のお勉強中なの。でもそろそろ仕事を探そうかな、とは思ってます」


「へぇー」とした凪海に、「そうなんですか」と返したヤスオだ。

 これが未亜には気に入らなかったらしい。んもぉ! と憤慨を上げる。


「そこはわたしが家のことをしなくなったら困るくらいのリアクションが欲しいんですけど」


 えーと……と言葉に詰まるヤスオだ。こういう時は物怖じしない凪海がいてくれて助かったとなる。


「なに言ってんだよ。掃除や料理でオレとヤスオが二度手間してるの、いつもだろ」

「い、いつもじゃないんじゃ……ない」


 未亜の言葉尻の弱さに、菜々が妙な表情でうなずいていた。


 もしもこの後に出されたお手製の豆乳プリンが好評でなければ、未亜はずっと落ち込んでいただろう。

 おいしいじゃないですか、とするヤスオの賞賛を皮切りに、凪海が驚きを示し、菜々は味だけでなく美容と健康にも良い素材の使用を絶賛した。


「わたしって、お菓子作りはイケるかも」


 ぐっと未亜が胸の前まで掲げた拳を握りしめている。

 たかが一品だけで判断するのもどうかだが、自信を持つことは悪くない。そう思うだけにした。つまりヤスオとしては深い言及は避けたわけである。


 ちょうどよくメッセージも入ってきた。


 スマホの画面へ目を落として他へ聞こえるように言う。


「うらら、もう特急に乗ったそうです」


 順調に帰路へつけているみたいで何よりとする空気のなか、未亜が少し残念そうに言う。


「でも夕飯くらい食べていっても良かったのに」


 状況はシェアハウスとする説明で、うららは取り敢えず引き下がった。納得しているかどうかはともかく、こちらの夕食の誘いを断ってそそくさと帰っていく。


「いや、あれはなんかありますよ。でなければ、飯も食わずに帰るわけがない」


 うららがヤスオの家に寄った目的は食事だったと睨んでいる。いつもこっちへ一人で来た場合は必ず食べてから帰っていく。今回は例外中の例外とする行動パターンなのである。


「ところで菜々さん。今晩は泊まっていくんだろ」


 気安くかける凪海に、当然といった調子で菜々も応じる。


「翌日のことを気にせず遊べるのはいいですね。泊まれるとなると気兼ねなくお酒も飲めますし」

「そうだよ。仕事じゃない呑みはホントにいいよー」


 この前まで毎晩のようにガールズバーで働いていた未亜がしみじみ述べてくる。接客業をするなど考えられないヤスオからすれば、全くをもって大変だっただろうと同情が湧く。

 けれども現在はこうして穏やかな時間を過ごせている。

 いろいろあったけれど、軽くお酒を引っかけてゲームなんかをしたりする。

 幸せだ、これが幸せでなければなんであろう。ヤスオが胸のうちで感動に浸っていたらである。


「おい、ヤスオ。なに思い出し笑いしてんだよ。それともいやらしいことでも考えてんのか」

 と、凪海の容赦ない指摘である。


 もちろん当たっていないから、ヤスオは慌てる。ちちちちち違いますよ! と強く反論しながら、変な性癖を恨めしく思う。


 ところでさー、と凪海の目線がヤスオから菜々へ転じた。


「菜々さん、寝る時はオレの部屋を使ってくれ」

「あ、今晩は凪海さんですか。お願いします」

「それでさ、オレは未亜と一緒に寝るからさ。一人でゆっくり寝てくれ」


 あれ? と菜々が小首を傾げた。


「安田さんが居間で寝るようになったのは、凪海さんと未亜さん、一緒じゃ眠れないからではなかったでしたっけ?」

「お、お客さま、優先ですよー」


 珍しく凪海が汗を噴き立たせそうな表情になった。


 自室を追いやられた当事者のヤスオにも緊張が走った。

 なにせ未亜と凪海が別々に部屋を用意する理由は、眠れないからである。

 寝言が酷い未亜に、歯軋りが凄い凪海。お互い様で流しては寝不足問題が解消できない。仕方なくヤスオから自分が階下の居間を寝所にすると申し出た。


 そんな二人が、である。

 週末には泊まりに来るようになった菜々を、それぞれの部屋で布団を並べた。そしてある事実が発覚する。どうやらかなり寝相が悪いらしい。布団が別であるにも関わらず未亜もしくは凪海まで腕や足が飛んでくるそうだ。

 未亜と凪海の二人は互いに菜々よりまだマシとする結論へ至ったらしい。


 平穏そうでも問題は絶えないものだ、などとヤスオが部外者づらしていられる日々はそう長く続かなかった。

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