3.いきなり来て……説明するしかないか
闖入者とすべき女性は外出着の装いをしていた。
ベージュのコートを羽織る黒パンツとする出立ちだ。年齢は未亜くらいに見え、颯爽とした感がある。何より大きな瞳が忘れがたいとする魅力を放っていた。
なぜかヤスオがオドオドしだした。
目ざとくその様子を認めた凪海が、はは〜んとばかりだ。
「ヤスオも隅に置けねーな。呼び捨てにされるほど親しくしていたカノジョがいたなんてよー、しかも美人だし」
あら、と新たな登場者の女性が嬉しそうに頬へ手を当てる。美人だなんてぇ〜、と何に喜んでいるのか明瞭にしてくる。
一方、ヤスオと言えばである。
「凪海さんが、呼び捨てで間柄をどうこういいますか」
まったく困った人だと少し格好つけて指摘していた、その隣りからだった。
「……やっちゃん、この女の人と、どういう関係なの……」
初めて耳にする未亜の低くどろどろした声だ。
ヤスオがビビるには充分な響きである。ええ、あ、う……、と返事は説明レベルどころか人語でさえない。
「もしかして安田さんの妹さんではありませんか」
メガネのレンズを光らせて助け舟に相当する質問を菜々が繰り出した。
顔を輝かせたヤスオを押し退けて、妹とされた女性がしゃしゃり出てきた。
「そうそう、よくわかったわね。でもなんで知ってるの?」
「安田さんと同じ会社に勤めてますので、家族構成くらいは知る機会があります」
なんでもないふうに答えた菜々を、ふーんと妹は疑念を隠さない。ねぇーヤスオ、と兄へ呼びかける。
「ヤスオが会社の人の家族構成を知っている誰かなんて、いる?」
「いるわけないだろ、そんなもん」
ゲームチームとはまた違った親しさで返している。
「あ、あの安田さんの家族構成を知ったのは、偶然なので」
慌てて言い訳するみたいな菜々だ。
わかってます、とヤスオは全面的に受け入れていた。それから改めて立ち尽くす妹を見上げる。
「鮎川さんは仕事が出来る方なんだ。他の社員との交流を避けて自分の仕事だけに没頭する真似なんかしない、グローバルな方なんだよ」
「ヤスオの場合、会社の人間関係に気を使えているだけでグローバルになりそう」
「そう言うけどな。扱いが大変な人も多いんだぞ。会社勤めしたことがない『うらら』には鮎川さんの偉大さはわからないだろうな」
と、返したら気づく。
ヤスオはチームの三人がじっとこちらを見ている。圧さえ感じさせる注目ぶりだ。
どどどどうかしました? と尋ねずにはいられない。
「いや、ホントに兄妹だったんだなぁ、て」
未だ信じられないといった態の未亜に続くは、凪海だ。
「ぜんぜん似てないもんな。見た目とか雰囲気とか、血がつながっているようには思えないぜ」
「そぉ? なんとなく感じは似ているような気がするけど」
菜々だけは印象を異とするようだ。
いや〜とばかりにヤスオは三人へ頭をかいて見せる。
「生まれてこの方、とても兄妹とは思えない、としか言われてきていません」
「でもなんかとても仲良さそうみたい」
未亜が好意的な感想を述べてきたが、ヤスオは渋面を作る。
「仲いいもなにも、一方的な関係性ですよ。第一ですね、妹のくせにヤスオ呼ばわりですよ。お兄ちゃんなんて言ってくれたの、こいつが幼稚園に行く前までですよ」
「幼稚園児になったら、もうヤスオ呼ばわりだったんだね」
「ええ、もう。それからずっと学校でも地域のイベントの場であっても、呼び捨てされる兄なのです」
なんだか爆笑を誘ってしまった。
今ひとつウケた理由を把握しきれていないヤスオだが、三人に笑われる分には悪くない。ただ原因の一人が一緒になって腹を抱えていれば文句は出た。
「なんで、うららまで笑ってんだよ」
「そりゃ、笑うでしょ。ヤスオらしすぎなんだからさ」
何を言っているんだと文句をぶつけたくなる、訳わからない妹の弁である。
「ところでさ、お兄ちゃん」
ひとしきり笑った後にうららがわざとらしく呼んでくる。
碌でもない予感がヤスオに走る。なんだよ、と返答の声からして身構えていた。
いくら警戒してもどうにもならない展開が待ち受けていた。
一人立つうららは、ぐるり三人の女性を見渡す。それから、ポンっとヤスオの肩へ手を乗せては耳元へ囁く。
「ね、誰と付き合ってんの。まさか三股じゃないわよね」
ばばばばばばバカ、いいだろ、別に! とヤスオは真っ赤になって返した。
問題は否定をしたつもりなのに、うららの顔は真面目になった。続いて発する声は部屋中に響かせた。
「ヤスオ、そうだったんだ。サイテー」
なにがだよ! とヤスオは叫びたい。
これからいろいろあった事情を語り、理解させなければいけないようだ。大変な一日になることは確実だった。