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45.目の前で見た……拳だけでなく

 もしかして生まれて初めてかもしれない。


 暴力とは無縁な世界に住まうヤスオであるが、(よわい)四十を控えたおっさんである。

 喧嘩の場面はそこそこ目にしてきた。乱闘の現場に遭遇したことだってある。

 子供の時分なら腕っぷしに任せたリアルな戦いだってした。


 当然ながら、全戦全敗である。

 あまりに弱すぎて、運動神経を求められる場へお呼びがかかった試しがない。

 使いっ走りが似合う、と他人だけではなく自分だって認めるところだ。


 戦いはゲームのみ、現実は戦力にすらならない。


 そんな自分が荒々しい場面を間近にするなんて……と考えていたら、ふと思い出した。

 あれは高校時代だったか。

 やたらバカにしてくる同級生を妹のうららがぶん殴っていた。

 四つ下だから、まだ中学生だったはずだ。

 中学生が高校生を、というだけで凄いのに、女子が男子校生へ手を上げる。

 どうも弱々であることが却って、荒々しい者を呼び込むのか。


 今まさにヤスオの目前でバイオレンスが展開していた。

 しかも妹のうららは平手打ちだったが、未亜(みあ)のほうときたらである。

 パンチだった、容赦なしの拳だった、相手を地面へ転げさせる威力だった。


「あ、蒼森(あおもり)。おまえ……」


 面喰らうは道端に転げる山末だけではない。


「み、未亜さん。パンチはいいとして、グーはまずいような……」


 ヤスオも暴力を肯定した挙句に意味が通らない指摘とくる。


 二人の男性を慌てされた当人といえば、背中から炎を立てているようだ。


「てめぇー、なに、やっちゃんに手を出そうとしてくれてんだよ」

「な、なにを……」

「やっちゃんの腕を取って、それから胸ぐらをつかむ気だっただろ。酔っ払ってるんじゃねーよ」


 未亜が拳を突き出して目許を怒らせている。


 ヤスオの方といえば、そうなんだ、とごちるくらい相手の行動を読んでいなかった。


 すっかり剣幕に押されていた山末だがキャリアを積んだ営業マンだ。ヤスオの年齢に近いと思われれば、おっさんである。

 立ち上がっては自らスーツの埃を払い、身だしなみを整える。わざとらしいくらい落ち着き払って、未亜へ向かう。


「蒼森。自分がやったことをよく考えてみるんだな。親父の逮捕で勤めていた会社へいられなくなったところへ、手を差し伸べてやったんだぞ」

「それは叔父さんであって、あんたじゃないじゃない」

「だからってお世話になった会社の役員に対する態度じゃないだろう」

「そっちこそ、やっちゃんが大事にしているものを取り上げようなんて。このわたしが許すわけないじゃない」


 未亜は色々な事情が絡まって現在の職にあると察しがついた。改めてヤスオは彼女が自分ごときでは計り知れない道を歩んできたことを実感した。


 ネクタイの結び目に手をかける山末が鷹揚な態度を取ってきた。


「仕事とはそういうものだ。蒼森も我が社の従業員なら協力すべく……」

「わたし、辞める」


 未亜の一言が、山末の持ち直し気味だった態度を元へ戻した。


「な、なんだ、急に。雇ってやった恩を仇で返すのか」

「恩着せがましいわね。はっきり言うけど、恩があるからこそここまで我慢してきたんだからね。なによ、社長だけじゃなくて男性社員までやたらベタベタ触ってきてさ。聞けば若い女性社員は次々辞めていってるみたいじゃない。違うの?」


 返事に窮している。まだセクハラが横行する会社はあるようだ。

 でも自分なんか近づけもしないもんな、と卑屈な考えが浮かぶヤスオは豪胆というより能天気なのだろう。


 のんびり構えていられなくなった。

 本性丸出しの歯軋りをした山末が未亜を指差す。訴えてやる! と吠えてきた。


「怪我させられた分の慰謝料は請求させてもらうからな。覚悟しておけよ」


 とても負傷しているようには見えない。すると交通事故などに見られる頚椎の捻挫といった完治の見極めが困難な症例で頑張るのだろうか。ならば警察を呼ぶべきだし、病院に行かなければならない。


「どうするつもりですか」

 と、ヤスオはつい相手の出方を伺う。


 受けて発言したのは向けた山末ではない。

 ふふん、となぜか余裕を見せる未亜が口を開く。


「いいんじゃない、警察のご厄介になる? けれど山末さん。あなたがどうしてやっちゃんの家というより、何がなんでも売り上げたいか、わかってんだけど」


 言われた当人だけではない。

 ヤスオだって興味をそそられた。

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