42.チームが……第一です
電話がかかってきた時点で、ヤスオはまだ会社にいた。
オフィスには一人しかいない状況だった。プロジェクトの進行状態から無理に遅くまで残業をする必要はない。
でも今晩はどうも帰る気になれない。
気を紛らわすならゲームだ。
これまでずっとそうしてきた。
だけど大変に違いない未亜を想えば、自分が楽しんでいるなど申し訳ない。
時間潰しなら、遊びより仕事が最適といった気分なのである。
早めで進めておく分には悪くない。
しかも昼間に菜々からとっちめられた一色から、どうぞと珈琲の差し入れがあった。
頑張るしかない。
きっと凪海も今頃は自分と同じように気もそぞろなはずだ。
親友って呼べるのは未亜くらいなもんなんだよ、と仕事中にかけてきた電話で打ち明けられた。思わず心情を吐露してしまうくらい動揺をしている。ちゃんと帰ってくるよな? と普段からはおよそ想像がつかない弱気ぶりだ。
「考えすぎですよ、凪海さん」
「で、でもよぉ。未亜は親父が起こしたあの一件以来、相当まいっていたんだよ。それがこんな……早く連絡してこいよー、こんちくしょー」
「未亜さんならきっと電話してくれますよ。うん、そう、そうです。チームを組んでる我らが信じなくて、どうします」
三拍ほどの間が置かれてからだ。
「……でも身内じゃないし……たかがゲームだろ……」
その直後に慌てたように受話器から響いてくる。
「ご、ごめん、ヤスオ。オレ……なんか、そのぉ……」
「自分はチームの仲間だから部屋を貸す気になれましたよ」
……ヤスオ、と呟きが耳を当てたスマホから聞こえてくる。呼ばれたからには話しを続けた。
「ゲームを一緒にやっていただけで、良い人たちだなってわかりましたよ。しかも今はお互い顔を合わせて同じ時間を過ごしてきました。みんなで集まってゲームして、ご飯を食べて、凪海さんは楽しくなかったですか」
「たのしーに決まってんだろ。そうでなきゃ、毎週なんて、いかねーよ」
らしくなった凪海の声には、ヤスオも口許が緩む。
「未亜さんだって同じ気持ちだったと思いたいです。ならば自分や凪海が、どんと待たずしてどうしますか。それに未亜さんに近しい人がいないならば、なおさらです」
「……そっか、そうだよな」
「未亜さんを助けようとする者は自分と凪海さんだけです。あ、でも、鮎川さんもチームに参加してくれてました。外したら、怒るかな?」
締めは真剣に悩むとなったヤスオだ。
ヤスオなー、と凪海が笑いを滲ませながら呆れている。
「ホント、ゲームというか、オレらチームを第一として考えるよな」
「それは、もちろん。チームYMN=やみんは自分の生きがいと呼べる代物ですよ」
「困れば、部屋を貸してやるくらいに、だな」
どうやら凪海はずいぶん落ち着きを取り戻してくれたらしい。
どちらにかかってくるかわからないが、ともかく連絡がきたら報告し合おう。確認の約束で会話の決着をみた。ヤスオ、ありがとな、と告げられて電話が切られた。
ほぉとスマホから耳を離すと共にヤスオは息を吐く。
話しをして気持ちが落ち着いたのは凪海だけでなく自分もだ。返す返す我がチームは素晴らしい、と再認識した。
ちょっと能天気に考えられるようになるくらい余裕が生まれた。
出来るだけ力になりたいと思う。
会議に戻れば、前よりは集中して仕事へ取り組む。
オフィスから人がはけてもパソコンへかじりついていた。
ちょっと一息と、キーボードからすっかり冷めた珈琲へ手を伸ばす。
ふと、いかにも不動産の営業マンといった山末昇の姿が浮かんだ。喋り声もまた甦ってくる。
うちの蒼森はあのままでは風俗行きでしょうな。黙ってやってくれればいいがバレた場合は会社としては放っておけない。犯罪者の娘だから、まともなところへ再就職は難しそうだ。だけど安田さん、貴方の決心が彼女を助けられるんですよ。あの土地は一人の女性の人生を救ってあげられる。
記憶の声を途切らせる音が鳴った。
オフィスに誰もいなければミュート機能をオフにしていた。かかってくる相手が特定できる着信音を割り当ててもいた。
明るく軽快なメロディーが響けば、待ち人であることは一聴で知れた。
飛びつくようにスマホを取り上げたヤスオはすぐさま耳に押し付ける。
もしもーし、と叫ぶように勢い込んで呼んだ。
やっちゃん……、と聞き間違えのない声がする。
肺が空になるくらいヤスオから安堵の息が洩れた。
一日も経っていないのに、とても久しぶりに聞いた気分である。
連絡があって良かった。
だが同時に問題も発生する。
何を話していいかわからない。
呼ばれて、それにどう返せばいいか、全く思いつかない。
やばい、と思えば、ヤスオはもうダメだ。
変なことは言えない、けれども何も言わないままではまずい。
焦るまま絞る頭のなかは真っ白に近かった。
うう、と訳わからないゆえに変な唸りを発しそうだ。
しないで済んだのは、受話口から届けられてきたからだ。
堰をきったような号泣が轟いてきた。