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40.真実は……どうなんだろう

 あははは、と炬燵に足を入れた未亜(みあ)がとても愉快としている。


 笑い事じゃないですよ、とヤスオは言いたくなる。

 でも思い出せば、つい声を立ててしまう気持ちはわかる。


 普段において、お巡りさんと会話する機会など、とんとない。

 免許の更新くらいしか警察と関わりがない。

 だから向き合うだけで圧倒されてしまう。

 制服もさることながら、がたいの良さが目に付く。

 体格だけでも大した者である。


 存在自体は威圧だが、態度は慇懃だ。

 ご近所から男女が揉めていると通報を受けてやってきたらしい。

 要件を伝えてくる際も、決して怯えさせないよう丁寧な言葉使いを心がけているようだ。ヤスオからすれば会社の新人くんに見倣って欲しいくらいである。


 説明は未亜が買って出ていた。

 自分が務める会社名を挙げ、出入り業者の一人にストーカー行為を受けたこと。今晩は危険を感じ、同棲している彼と待ち合わせた。途中で相手が堪えきれなくなったか、姿を現した。そこからご近所を騒がす口論へなった。誠に申し訳ない限りである。


 以上の内容に納得したお巡りさんだが、唯一気がかりな点があったようだ。


「ところで自分が来た時に、乱暴されたみたいなことを仰っていたような気がするのですが」


 なぜか未亜が、やだぁ〜といったリアクションを取った。もじもじした感じまで見せてくる。


「あのぉ〜、それって夜の話しで……わかってくれます?」


 ヤスオには不明だったが、お巡りさんのほうは了解したみたいだ。


「あ、ああ、そういうことですか。そうですね、意外と見かけによらないものですからね。そっちの方面は」

「そうなんですよ。彼ったら昼の顔とはぜんぜん逆。あっちになると激しすぎて、たーいへん」


 おどけた返しに至って、ようやくヤスオは事の次第を理解した。


「ちょちょちょ、ちょっとー。お巡りさんも乗らないでください」


 非常な慌てぶりが却って良かったか。

 現場を確認しにきた側も、答えた側も可笑しそうだ。

 ストーカー行為に対する届出をするかどうかが、お巡りさんがする最後の職務質問となった。もう少し様子を見るとした返答によって、真実の意味で帰宅の途における一連の騒ぎは終息となった。


 ただしヤスオの鼓動のほうは騒ぎを収められない。

 お巡りさんを見送れば、未亜がさっそくだ。

 腕を絡め、手は恋人つなぎしてくる。


 ちょちょちょちょ……、と止めかけたヤスオに対してである。

 そっと耳打ちされた。


「本当に三田園(みたぞの)さん、帰ったかわからないよ。もしかして、どこかで待っていて最後の確認だなんて、しそうな人じゃない」

「そそそそれは、そうなんですけど……」

「家に入るまでこのままでいくよ。それに……」


 反論を許さないばかりか、まだ何かあるらしい。


「やっちゃんって、やっぱり男だよね。わたし、背中から押さえつけられたの、振り解けなかったよ」


 それはすみません、と謝ったところでヤスオは気づいてしまった。


 生まれて初めてではないか、女性に抱きついたなんて。

 状況が状況だったとはいえ、身体を密着させている。

 そういえば細くて柔らかくて、なんか良い匂いがしていたような気がしないでもない。


 うわぁああああ、と叫び出しそうになった。

 だけど何とか自制はした。

 気を張って抑え、未亜を抱き止めた記憶は頭の奥へ押し込んだ。


 でもやっぱり家に着くまで、ふわふわだ。

 せっかくのラブラブな体勢も灼熱した意識の抑えつけで精一杯である。味わう余裕はない。


 入った家の玄関を閉めて、やっとだ。

 はぁ〜、と大きく息を吐くヤスオに、「お茶、淹れよう」と未亜が先に上がる。台所へ向かう背を目にした時点で、ようやく人心地がついた。


「今晩はありがとうね」


 胡座をかいたヤスオの炬燵テーブル前に、湯呑み茶碗が置かれた。そんな、と一言を返してから一口を喉に通す。やはり美味しい。特に今宵は格別なものがある。


「いろいろありましたねぇ〜、自分は人生初を何度体験したか、わかりませんよ」


 思わずしみじみした調子で述懐してしまった。


 対面へ腰掛けながら未亜が笑ってくる。

 あははは、と足を伸ばしながら声を立てていた。


「でも本当に助かったんだ、やっちゃんのおかげで。もし……」


 言葉を切る未亜は湯呑み茶碗へ両手を添えては、じっと目を落としている。


 もし? とヤスオは疑問形にした鸚鵡返しをした。

 もし、と未亜は今一度繰り返してからだ。


「一人だったら、怖くて怖くてしょうがなかった。うん、今頃部屋で独り泣いていたかもしれなかったんだな」


 今頃になってようやくだ。

 ヤスオは強がっていた未亜を察してやれなかった己れの迂闊さを責めた。

 本当はとても怯えていたのだ。夜中に付け回す男が何を仕出かすか。得体の知れない恐怖である。男の自分だって一人だったら身がすくんでいた。


「やっちゃんには救ってもらってばかりだわー」


 気を取り直すかのように明るく上げた未亜に、ヤスオは先日に会った山末昇(やまずえ のぼる)という人物を思い出す。同じ不動産屋に務めているそうである。


 ある事実を報告された。


 未亜の真実とする借金の額である。

 ヤスオは保釈金だけと聞いていた。

 けれども保釈へ至るまでの示談金がある。実は横領した金額を埋めきれていない。

 加えて未亜の母親は長い闘病生活を経て亡くなっている。治療費はかなりな額へ昇っている。


 貴方には嘘をついてでも、もうこれ以上の迷惑はかけたくないと彼女は思うでしょうね。


 未亜の勤め先である不動産屋の営業取締役の山末はそう言っていた。だから助けようと思うなら彼女には内密に、と声を潜めながらも強く主張してきた。


 もし助けがなければ、飲食の接待では済まない。それこそ身体を張った風俗へ行くしかなくなるでしょう。


 最後に付け加えられた見解が、ヤスオの胸をざわつかせる。

 そこまで、と思うものの、胸底に澱のようにへばり付いて離れない。


 やっぱりきちんと確認しよう、と思う。

 聞いても真実を明かさないと山末は言うが、それこそ部外者の想像だ。

 未亜と自分はちゃんと話し合える。


 聞こう、とした。


 一本の連絡が入らなければ、出来たかもしれなかった。


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