39.これは……想定外です
これは想定外だった。
慌ててヤスオは止めにいく。
三田園というストーカー行為に及ぶ男のために間へ入る。
もちろん未亜を想っての行動だ。
だがあまりに激しく、引っ張られそうになった。
「みみみみ未亜さん、落ち着いて。落ち着くのです」
思わずゲーム中に近い言葉遣いになった。もはや肩を抑えるですまない。羽交い締めまでしなければ止められない。
「やっちゃん、離してー。こいつ、ぶっとばしてやるー」
ジタバタする未亜はまさしくきかん坊だ。何がなんでも一発殴らずにはいられないとした暴れっぷりである。
未亜さーん、落ち着いてぇー! と頼むヤスオのほうが泣かされている絵図となった。
ここまで大騒ぎしなくても、もう大丈夫だったはずだ。
三田園が小心さを覗かせれば、結果は決まったようなものだ。勝敗でいえば、勝ちである。あとはきつい注意を、なんなら一筆を、と考えるより先だった。
「ちょっと、あんた。何か言うことあるでしょ」
凄む未亜の要求が、ヤスオにはわからない。
どうやら言われた当の相手もヤスオと同様だった。なにがですか? きょとんとして不明とする返事をしていた。
「やっちゃんに、ちゃんと謝りなさいよ。あんだけヒドいこと言っておいて、なに一言の謝罪もなしでバックれようとしているわけ」
「いい、いいんですよ、未亜さん。別に当たっていますし、彼の言い分は正しい気がします」
言わなくていいことを口にするヤスオの悪い面が出た。
おかげで未亜の怒りへ触発し、さらに激らせてしまう。
「そんなこと、ない、ないもん。やっちゃんをこんなにバカにされて、わたしは悔しいの、我慢できないよー」
なんだか駄々っ子みたいなしゃべりになってきた。乱暴な口調はレオンで了解しているが、子供みたいなのは初めてだ。少なくともヤスオには新鮮だった。
ストーカーの三田園もまた荒々しい姿は想像外だったようだ。
「みあちゃんは、そんな汚い言葉遣いするの。暴力を振るうような人だったの」
なんだかえらいショックを受けている。
「いつも未亜さんはこんな感じですよ」
空気を読めず口にしてしまうヤスオの性質が功を奏したか。
三田園はがっくり落とした肩に相応しい声を発してくる。
「そうだったのか、みあちゃんの本性って。ヤダなそんな女……」
今度は自分が未亜さんに対する印象の訂正を求める番かな、と自問するヤスオだから力は緩む。すらりと羽交い締めの腕をすり抜けられた。拘束から抜けた未亜が向かう先はストーカーの三田園ではない。
もぅ、と頬を膨らます彼女の顔が間近にあった。
「ひどーい、わたし、やっちゃんにはパンチやキックしないし、乱暴な言葉なんかしないもん」
簡単に首肯していいものか、ヤスオは当惑するほかない。
安田ヤスオ『には』手や足を上げないらしい。ということは、他の男性ならば遠慮なしなのか。ここは喜ぶところか、怯えるべきなのか。取り敢えず、誤った認識に対しては謝罪しなければいけない。
「確かに未亜さんは乱暴な言葉遣いはしませんでした。ゲームとごっちゃにしてしまい、すみません」
そうだと思ったよー、と返す未亜は無邪気な笑顔だ。
ひとまず訪れた安堵からヤスオも笑みが溢れる。
二人に比例して悲しむは蚊帳の外に置かれた者だった。
「そうか、そうなんだ。僕はぜんぜんわかっていなかったんだ」
たぶん三十歳前後と思しき三田園が幼い様相を見せてくる。未亜が示す幼さと違い、少し危険な匂いがする。
またヤスオは未亜をかばう姿勢を取った。
「もういいよ、もう。僕はうんざりだ」
こっちの台詞を三田園が口にしている。
もういいですか、とヤスオが訊いたらである。
「ああ、もういい。みあちゃんがこんなじゃね。暴力的でさ、すぐキレるし。男の趣味も悪いなんてさ。女神さまくらいに思っていたのに、がっかりもいいところだ」
基準を自分にしか置かない典型的なタイプなようだった。
こういう人、増えたよな〜と内心でごちるヤスオは昼間の会社における出来事が過ぎる。うちのリーダーの苦労が偲ばれた。
てめぇー、と未亜が歯軋りして威嚇を投げた。まるでスタルシオンで暴れさせている自分のキャラに乗っ取られているみたいだ。
まぁまぁと背中越しで必死になだめるヤスオであった。
「おまえたちとは二度と会いたくない。これから僕に関わるような真似は絶対にしないでくれよな」
そう言って三田園は、くるり背中を返す。
脱兎の駆け足で暗がりの向こうへ消えていった。
しばし流れた静寂は呆気を起因としていた。
けれども相手の姿が見えなくなると同時だ。
「あんにゃろー、なに逃げてんだ」
お怒り復活である。もちろんヤスオの感情ではない。
「まぁまぁ。これで未亜さんにつきまとうこともないでしょうし」
なだめ役に徹し続けなければならないヤスオだ。でも本当に良かったと思っている。
残念ながら肝心の未亜はまったく腹の虫を収めていない。
「なんなのよ、あれー。あんたのほうから勝手に寄って来ていて、なにがこっちに関わるなよ。バカにしてるわね」
「ああいう形でも取らなければ踏ん切りがつかなかったんじゃないですか。なんか自意識が高くて、相手を落とさなければどうしようもなくなる人はいますし」
「プライドがあるんだったら、他人の後ろを付い回るのが恥ずかしいと思いなさいよ。意識の持ち方の根本が間違ってんのよ、根本が」
言うことはもっともであるから、「ですよね」とヤスオは同意する。
「ホント今晩はびっくりばかり。やっちゃんには乱暴されるし」
いきなり承服するわけにはいかない発言である。ななななにを、そんなこと! と反駁しかけたヤスオへであった。
ちょっとよろしいですか、と声をかけられた。
振り向けば、世の公序良俗を守る立場を示す制服を着た男性が立っていた。