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22.こっちだって……失いたくな

 未亜(みあ)の自身を責める熱い訴えにも関わらずである。


「うーん、そうなんですかね。未亜さん、酷いんですかね〜。なんだかよくわかりません」


 なんとも頼りない返事のヤスオである。

 しかも付け加えた内容が、だった。


「でもレオンなんだなーって。思い込んだら徹底的にいくアタッカーですよ、やっぱり」


 はぁ、と未亜はがっくり頭を落とした。

 ただ脱力しただけなのだが、ヤスオは自分に自信がないタイプである。特に女性は未知の生物としている。だからいちいち過剰に反応してしまう。

 すみません、と慌てて謝った。ヤスオの謝罪は安いと言われたこともあったが、ともかく頭を下げるスタイルが早々変えられるものではない。


「え、なんで、やっちゃん。いきなり謝っているの?」


 当然ながら未亜が驚きを示してくる。

 これはこれで言い訳が必要になったヤスオだ。

 あまり考えもなく取った仕草であったことを知らせようとした。


 けれども、ふと思いつく。

 自分だって純粋な幇助(ほうじょ)とする精神で我が家へ居住を提案したわけではないのだ。

 詫びなければいけない正当な理由があった。


「こっちだって、酷いといえば酷いに違いないのですよ」


 なにが? となる未亜の表情へヤスオは続けた。


「金銭的に困っているレオンが住む場所を探している、と知って自分の考えたことといえばです。しばらく参加してくれないのかな、下手すればチームは解散になるかも、と思ったんです。つまり自分の都合で提供を申し出ただけなんですよ」

「ゲームをしたかったためだけに、家に住まわせていいと思ったんだ」


 愁眉を開いた未亜に気づくことはなく、ヤスオは身を縮めて吐露した。


「そうなんです。真実はレオンの生活のためを思ってではなく、ゲームをやめさせたくなくて、強いて言うならばチームから抜けられたくなくてなんです。けっこう酷い理由なんですよ、これが」

「レオンを失いたくない一心だったんだね」

「はい、レオンはいいヤツだったとわかってましたし、中の人も実際に会ったら……」


 ここで口を止めたのは、さすがのヤスオでも気がついたからだ。いったい何を続けて言おうとしているのか。もっとも自分に不似合いなセリフを吐きそうになっていた。自覚したら恥ずかしくて口が開けない。


 会ったら? とおうむ返しに訊いてくる未亜の顔つきは悪戯っぽい。


 ならば、ますます声になど出せない。

 顔を紅潮させたまま、もじもじするだけである。

 男らしくないが穏当な表現でないとするならば、いい歳してが当てはまろうか。

 安田ヤスオは齢にして四十手前であった。


 そして未亜が次に上げた話題もまた年齢に関してであった。


「わたしも次の誕生日で三十じゃない」

「とてもそのようには見えません」


 緊張を引きずっているヤスオであれば、まだずいぶん畏まっていた。

 あはは、と未亜は軽く笑ってからだ。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、現実問題として今のガールズバーのバイト、やっぱりリミットかな、と思うの。それで八ヶ月という計算もあるんだ」


 つまり誕生日は八ヶ月後か、と考えるヤスオだ。

 傍からすれば、ぼぅーっとして見える状態でいるところだ。


 突然だった。


 未亜が炬燵テーブルから出ては、そそくさと移動する。

 ヤスオの前で正座しては、両手を畳につける。額までもが続く。


「大変ご迷惑をおかけしていることは重々承知のうえでお願いします。どうか返済が終わるまで、わたしをここに置いてください」


 土下座をして頼む未亜だ。


 ヤスオにすれば、まさしく心臓が飛び出た。

 黙っていていいわけがない。そこは本能で悟る。

 けれどもどういった言葉がいいか、口にすべき内容はさっぱり浮かばない。

 ともかく急くままだ。


「やややや、やめてください。そんな手までついて……自分だって未亜さんは失いたくな……」


 えっ? と上げた未亜の目と目が合えば、ヤスオはもういけない。

 何を言いかけたか、自覚すれば顔が火を噴きそうだ。


「い……で……にゃ……ひゃにが……」


 言語ではない単語を羅列している自分に気づけば気味が悪いと思う。


「……すみません」


 ようやく発せたまともな言葉は、言い慣れた謝罪であった。

 あら〜とした表情の未亜は次の瞬間、ふふふとくすぐったい笑いを閃かせた。


「やっちゃんらしいね……ホント、ここに来て良かった」


 後になってヤスオは自分の根が単純で助かった、と我が事ながら考える。

 ほんのちょっぴりだが、安っぽい自分も認められた。

 同居生活にゴールが見えて、淋しくないかとすれば嘘になる。


 でもやらなければいけない今がある。


 まずは一つ一つクリアしていこう。

 まるでゲームをやっているかのような醍醐味さえ感じた。

 ヤスオは久しく忘れていた、明日から頑張っていこうとする気概を持った晩だった。


 ところが翌朝である。

 バタバタ階段を降りてくる日課が起こらない。

 これ以上は遅刻とする時刻になっても、未亜が部屋から出てこなかった。

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