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18.我が家が……華やかだ

 選りによって未亜(みあ)が出たタイミングであった。

 お疲れさまでーす、と彼女の挨拶が聞こえるなか、ガラッと玄関の引き戸が鳴り響く。

 階段を降りかけたヤスオの視界に入った未亜が、なぜかだ。

 困惑のあまり硬直している。


 どうしました? とヤスオは当然ながら尋ねる。


「女のひと……やっちゃん、女の人が来てるよ」

「そんなバカなことがありますか。きっと勧誘か何かですよ。そういえば一時期は保険関係が多かったな」


 変なところで自信たっぷりとなるがヤスオだ。

 が、階段を降りきった所で豹変した。

 玄関の出た所で、確かに女性が立っている。訪問販売等といった営業ではなく知った顔であった。途端に安っぽい、つまりいつものヤスオへ帰っていく。


「どどど、どうしたんですか、鮎川(あゆかわ)さん。今日はお休みですよ」


 やたら慌てふためいたことで、あらぬ誤解を招いたようだ。

 肩までかかるストレート髪の丸メガネをかけた同僚はいっそうなる動揺を示す。


「や、安田さんに、お、お、奥さんがいたなんて」

「ち、違いますよ。彼女はただ一緒に寝泊まりしているだけです」


 さらなる誤解を生じさせてもおかしくないヤスオの言い回しだ。

 一瞬の間を置いた後である。

 鮎川菜々(あゆかわ なな)が声を張り上げた。


「安田さんを見損ないました! なんですか女を連れ込むなんていかがわしい……」


 途中で言葉が切れた理由は、新たな人影を認めたせいである。


 どうしたどうしたー、という威勢いい口調と共に階段から降りてきた凪海(なみ)である。

 家の玄関越しに立つヤスオの傍に女性が二人となった。


 今にも泡を吹きそうな菜々(なな) は混乱しすぎたせいか、新たな登場人物へ声を向けてしまう。


「あ、貴方はいったいなんなのですか。安田さんところへ何しに来ているのですか」

「何しにもなにも三人でヤルためだろ」


 ヤスオは真剣に頭を下げて、家の中へ入ってもらうよう説得しなければならなくなる。

 ご近所に対する体裁をまずくする絶叫をされたためだ。

 安田さんのふけつー! ヤスオが住居とする玄関先で、奈々は轟かせていた。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 金目鯛の煮付けを運ぶヤスオは改めて不思議な感慨に捉われていた。


 自分の家に女性が三人もいる。

 炬燵テーブルを囲んでいる。

 居間が華やかな空気で包まれている。

 とても我が家とは思えない。


「どうしたの、やっちゃん。ぼぅーとして」

 と、未亜にかけられなければ見惚れたままだった。


 ごまかし笑いを浮かべつつ、ヤスオは鍋を置いた。

 一匹どころか二匹丸ごと湯気を立てる金目鯛に三人の女性は目を細める。かなり豪勢なおかずである。他にもアジやイカの干物が所狭しとテーブルを占拠していた。


「良かったんでしょうか、私までご馳走になって」


 食事をする際は、いつもそうなのか、丸メガネを外した菜々が申し訳なさそうだ。


「むしろ食べてくれたほうが助かります。友達が来るから何か送ってくれ、と実家に頼んだら、ちょっと張り切りすぎだろうとする量が送られてきましたよ」


 困ったものですとするヤスオの口調だ。

 これに凪海がからかうように絡んでくる。


「なんだなんだ、ヤスオ。本当に友達って言ったのか。女が来るからって言ったんじゃねーの。大量すぎんだろ、これ」


 なにを、とヤスオは言い返したいが誤解を招いてもしょうがない量だ。自分を入れて三人分とお願いしたはずなのに、急遽のお客を夕餉(ゆうげ)に加えてもなお余っている状態だ。

 同居の未亜にはここ三日は魚でお願いするしかない。


「仕方がないのですよ。女性でなくても知人がうちへ訪ねてくる自体とても珍しいことなんです。だから友達が来るというだけで、家族全員が気を遣ってくるわけですよ」


 思い切り笑われると予想していた。


 ところが凪海はしみじみである。


「そうか。息子の心配をして、せめてとするヤスオの父ちゃん母ちゃんがたくさん送ってきた気持ち、有り難くいただかせてもらうぜ」

「やっちゃん、無理やり押しかけているわたしたちために、ありがとね」


 未亜まで感謝を乗っけてくる。しかも心からとする響きが、胸のうちをムズムズさせられる。そ、それほどでもないですよ、とヤスオもしどろもどろで返事するだけだ。 


 本当に美味しそうです、と菜々が食前の感想を割り込ませた。微妙な空気を変えるための気遣いだろう。誰もが理解できれば、四人揃って、いただきますとなった。


 食べ出せば、湧き起こる絶賛だ。なにこれ美味しーと美亜に始まり、うめぇ〜と凪海は彼女らしい声で、肉厚ですね〜と菜々は分析を入れてくる。

 なんだかんだ言っても、やはり実家には感謝を覚えるヤスオだった。未亜の現状を思えば尚更にそう思う。


 その未亜が質問してくる。


「そう言えば、やっちゃんのご両親って三浦海岸で旅館をやっているんだっけ?」

「旅館というより食堂が主でして。泊まりは釣り客を主とした三部屋くらいでしかありませんよ」


 ウケケケ、と凪海が奇怪な笑いを挙げてきた。

 ヤスオの胸の内に嫌な予感が巡る。


「じゃーさ、今度、オレたち三人でヤスオの実家の旅館へ遊びに行こうぜ。息子さんのお友達でーすってさ」

「そんなことしたら、一家総出の大騒ぎとなるじゃありませんか。やめてください」


 この人はーとなるヤスオの援軍は会社の同僚だった。


「え、私も一緒ですか。まだ知り合ったばかりで、それはないですね」


 冷たいとも解釈できそうな菜々の言い放ちだ。

 凪海が特段に気にかける様子はない。


「そう言うなのよ、これから仲良くしていきたいと思っているんだぜ。チームの仲間として、これからさ」


 ゲーム大好きで、現在はチームで冒険に出ることが生きがいとなっているヤスオだ。食事もそっちのけで、重要な議題へ臨む心持ちで想定外だった訪問者へ顔を向けた。


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