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17.え、え、え……自分だけだった

 得意満面から一転してだ。

 ヤスオはそれはもうおろおろである。


「え、え、え、え? あれ、あれ、あれれ、おかしいな……」


 意味をなさない言葉の羅列が動揺しすぎを物語っていた。


「つまりやっちゃんは私たちが画面の前で一緒にプレイしているのに、どうして会話をゲームのキャラを通じてするのか。そう言いたいんだよね」


 未亜(みあ)の確認はまさしく助け舟だった。

 コクコク激しく首を縦に振るヤスオである。


「なんだよ、今まで気づいてなかったのか、ヤスオは」

「えっ、凪海(なみ)さんは気づいていたのですか」


 動転とする驚きを示すヤスオに、「このヤロー」と凪海は挙げた。


「最初からわかってたに決まってんだろ。隣りでキーボード打ってるんだからよー。オレはヤスオもわかってて、ずっとやってるんだと思ってたぜ」


 あれ? とヤスオに新たな疑問点が生じた。


「ならば、どうして今まで通りにしてたんです。こんなわざわざキャラにしゃべらせるよう文字を打たなくても、直接言えばいいのに」


 三人で顔を揃えて画面へ向かっている。指示ならキーボードを叩くまでもない。その場で声にすればいい。直接に言ったほうが、断然に早い。早ければ連携はよりスムーズだ。チームはさらなる強化を果たすというものだ。


 未亜と凪海が一斉に嫌な顔をした。


「えー、そんなのヤダよ」

「ヤスオに出来ても、オレたちは恥ずかしいんだよ」


 いきなり他のメンバーから拒絶とくる。

 普段なら引き下がるヤスオだ。今回はゲームごとであり、生活、いや人生で最も意味を見出せている時間だ。チームの今後をより良い方向へ導くためにも、黙ってはいられない。


「なぜ、なぜですか。この場で意見を交換し合いましょう。三人で次のステージへ行くためにも、どうぞ口に出してください」

「それが恥ずかしいの。だって、わたし、レオンだよ」

「おうおう、オレだって知的な策士アランだぜ」


 む〜、とヤスオは腕組みをして考え込む。

 どうやら自分と二人の間に見識の相違があるようだ。ヤスオはいかにゲームをクリアしていくかを問題にしている。未亜と凪海はキャラになりきることへ主眼を置いている。二人はゲーム中もキャラの口調でいく気だったようではないか。

 声にする指示は有りのままの自分でするものとヤスオは考えていた。けれどもあくまで未亜はレオンで、凪海はアランを通したいらしい。

 その気持ち、わからないでもない。


「承知いたしました。お二人のお気持ちを汲み、従来通り会話はゲーム中にて、と致しましょう」


 ヤスオとしては百歩譲った気分である。

 なんだかエラそーだな、と凪海には見抜かれている。


 ちょっと、と立つ未亜は部屋を出て階段を降りる音を響かせる。

 トイレは一階だった。


「おい、ヤスオ」


 なにやら凪海が人の悪そうな笑みを浮かべている。

 二人きりになるなり向けられた顔つきにヤスオは言いたい。気持ち悪いですよ、と。もちろん鉄バットの初印象が拭えない相手であれば口にしない。なんですか、と返しは一言ですませた。


「どうなんだよぉ〜、未亜とはさ〜。もう一ヶ月も一緒に暮らしているんだし。どぉ、オレには本当のところ、こっそり教えろよ」


 ヤスオの安い人生において、女子との仲を疑われられ、からかわれた経験がない。悲しいことだが異性からは忌み避けられてきた。子供の時分からだ。端から思惑外れもいいところだとばかりに答える。


「いろいろお話しは伺いました。自分の出来る限りですが力になりたいと考えております」


 なんだよー、と凪海がなぜか不服そうだ。

 なにがです、とヤスオもしなければいいものを訊いてしまう。


「いいおっさんのくせに、なにもなしかよー。言っとくけど、未亜、あれでももう三十だぜ。意外に大人の女してるし、けっこう男女の付き合い方も知ってるぜ。それに嫌な目に遭ってきてるしな」

「ええ、お父さんはちょっとじゃないな、ヒドいですよ」


 会社の金銭横領で逮捕された未亜の父親だ。示談金は自宅を売却して用意した。子供の頃から住んでいた思い出深い家を手離す際、どんな感情が渦巻いただろう。祖父母と暮らしたままの状態でこの家を残すとしたヤスオだから胸が痛くなる。

 それでも犯罪を行ったとはいえ父親のためだ。保釈支援協会へ未亜が申請人となって立替金を用意する。勾留から解いた。

 父親が行方をくらますなど、まさかだっただろう。

 罪が確定すれば、未亜は犯罪者の娘とする烙印を押された。本来なら返済されるはずの保釈金はそのまま借金になってしまった。


 親父なぁ〜、とする凪海の呟きも苦々しい。


 そこまではヤスオも同調するだけで特段に気にかけない。


 あの婚約者だったやつもなぁ〜、ときたら、自分でも意外なほど心が動く。

 そ、それはどういう……、とヤスオが訊きかけたところであった。


 ビンポーン! 昔ながらの玄関チャイムが鳴り響いた。まったく良い、いや悪いタイミングである。


 やっちゃーん、と階下の未亜が呼んでいる。

 訊きたいことは後回しで、ヤスオは二階の部屋から顔だけ出す。


「たぶん実家からの荷物だと思います」

「ハンコはいつものところ?」

「はい、お願いします」


 いちおう下へ降りていくつもりのヤスオだが、宅配員を待たせても悪い。

 直後、インターホンくらい備えておいたほうが良かったかな、と思わされるハメになる。


 なぜなら初めての女性訪問を受けていたからだった。


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