6.今頃か……なようです
城内の広間において最終決戦に相応しい死闘が繰り広げられていた。
金の錫杖を手にする顔のない黒い僧侶は、レオンの剣によるトドメの一撃を喰らったはずだった。が、斬り裂いた矢先に元の姿を形成すると同時に別個体を生む。対となった人型のモンスターだった。
「さすがフィールドボスは違いますね。ここは一度……、ちょっと待ってください」
沈着な魔術師アランの判断も聞かれなければ意味がない。
しゃらくせー! レオンが向かっていく。
斬って斬って斬りまくっていく。それで敵が増えていこうがお構いなしだ。引き裂かれた分だけ数を重ねていけば、すでに十何体となっていた。
「レオン、まったく貴方に退く選択はないのですか」
「いいだろ、アラン。俺はなー、逃げるくらいなら全滅を選ぶぜ」
「格好よく決めているつもりかもしれませんが、復活には金がかかるんですよ」
闘志を燃え立たせているアタッカーに対し、苦々しいとするヒーラーだ。
そこへ一斉だった。複数に渡る金の錫杖が振り降ろされてくる。
レオンとアランの前に、重厚な装備で身を固めた戦士が立ち塞がった。
迎撃を報せる音を轟かせるヤスは背後の仲間へ告げる。
「ここは受け止めるから、なんとか弱点を探るんだ。せっかくここまで来たのだから、負けられないぞ」
ディフェンダーとしての役目を必死にこなしつつ訴える姿は頼もしい。
ヤスが防御してくれる間に、とレオン及びアランは次の行動へ移った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あー、と今回は真っ先に声を挙げた未亜だ。
あともう少しであった。敵のHPをあと僅かでも奪えたら勝利を掌中に収められた。
「だー、全滅かー。ヤスがちゃんとやっていれば、いけたのによー」
凪海の文句は、至極真っ当なものだった。
ヤスオとしては返す言葉がない。任せてくださいと敵を引き受けながら、あっさりやられてしまった。ディフェンダーとしてどうなんだ? と自分でも言いたくなる早々なやられ方だった。
ただこれまでだったら、謝ってお終いだった。けれども現在のヤスオは違う。ゲーム上だけではない、会社というリアルな世界でも認められる出来事があった。前へ進もうとする気概を生まれて初めて持てた気分になっている。
恐れを忘れて意見すべくヤスオは居を正した。
いきなり正座されては、どうした? となる未亜に凪海であった。お二人にお話しがあります、と畏まってこられれば不審が先立つ。おかしなことを言い出しそうな予感までする。
凪海が黙っていられるはずもない。
「おい、変だぞヤスオ。未亜の失敗作でも食ったか」
「ちょっと凪海〜。どさくさででっち上げはやめてくれない」
「そうです。未亜さんはおかしな形にしますが、味は今ひとつくらいですませられます。決して身体を壊すようなものは作りません」
未亜の抗議に追随したつもりだったが、所詮はヤスオだった。
やっぱそうなんだ〜、と未亜が落ち込んでいる。
あはははー、と凪海は大ウケといった感じだ。
なんかその……すみません! と結局は板につく謝罪のポーズを繰り出すヤスオだった。
「で、ヤスオ。なんだよ、話しって」
未亜に頭を下げているヤスオへ、凪海が訊く。
会話は一回りしたようであれば、ヤスオは改めて正座し直す。
足を崩しているものの座布団上で背筋を伸ばす未亜と凪海だ。
ううん、ともったいぶるように喉を整えてからヤスオは意見を挙げた。
「我々チームYMN=やみんは、現在こうして顔を揃えられるようになりました」
「そうだね、もう一ヶ月は経つか。ありがとうね、やっちゃん」
未亜の感謝は、ヤスオにすれば不意を打たれたに等しい。い、いえ……と吃る胸のうちは喜びでいっぱいだ。固く諌めていたはずの無意識下における笑みを、つい発動させてしまう。
「おい、ヤスオ。キモチわりーぞ」
凪海のツッコミがなければ、いつまでニヤニヤしていたか、わからない。
「すすすすす、すみません。以後、気をつけます」
すっかりしょげ返ったヤスオである。これが本来だとすれば、その通りとしか言えない。
「それで、やっちゃんの話しって、なぁに?」
優しく未亜が促してくれたから、再び話す勇気を持てた。
まず現状の認識をしましょう、とヤスオは始める。
「我々のチームはここにいる三人です」
「そういえば、もう一人は追加可能なんだよね、このゲーム」
「はい、ベースは三人ですが四人まで可とするアップデートがなされました」
もう一枠にアタッカーかディフェンダーかヒーラーか。いずれのロールを迎えても編成上の特色を決定づける重要な要素となる。攻撃型か防御型か、はたまた魔法の量を増やすか。いずれを選ぶにしろ、広がっていくフィールドの新たな大地へ突き進むならば、仲間は増やしたほうがいい。
腕を組みかけたところでヤスオは、はたと気づく。
考えなければいけない事柄ではあるが、それは今でない。まず話し合わなければならない事項がある。
「お二人にお話しがあります」
「なんだよ、さっさと話せー」
「なぁみぃ〜、茶々になってるぅ〜」
三人各様の声がするなか、正座のヤスオは両手を膝へ載せる。主君へ言明する武士の覚悟といった雰囲気を作るよう試みていた。
「我々はこうして共にゲームをすること、ひと月が過ぎようとしています」
ふむふむとする未亜に、「それでー」と雑な凪海だ。
例え気心が知れていても他人の注目は圧力にしかならないヤスオだ。だがゲームに関してだけは違う。背筋を伸ばし、堂々と面を上げては視線を逸らさない。
「チームYMN=やみんはステップアップのための追加戦士も必要かもしれません。しかしながら現状における改善点を取り組むが何より先か、と思われます」
「おい、ヤスオ。なんかしゃべり方がキモいぞ」
普段よりワンランク上の話し方をしたつもりのヤスオだったが、凪海の指摘は痛撃だ。気持ち悪い系の表現を受ければ、あたふたしてしまう。
「すすす、すみません。気をつけます」
と、吃りながらの相変わらずな謝罪をした。
でも、と未亜が小首を傾げては意見してくる。
「その話し方って、ゲームの中ではそうだよね。うん、ヤスのしゃべり方だよ」
「そうです、自分はその点を言いたかったんです」
我が意を得たとばかりヤスオが元気を取り戻す一方だ。
なにやら未亜が表情に不明の文字をはっきり浮き立たせている。なに言ってんだ、おまえ、と凪海は容赦なく口にしている。
冒険のためならば、とする状態へ入ったヤスオはしっかりと述べた。
「強敵を倒すには、我々の連携があってこそです。時には諍いがあっても対話を重視した見事な作戦と行動で、ここまでこられました。三人のチームワークの賜物です」
凪海だけでなく未亜も何か言いたそうだったが、やめたようだ。
完全に自分の世界へ入っている発言者だ。ここは話すだけ話させたほうが早く終わりそうと判断したのだろう。現にヤスオの視線は聞き手より遥か先へ送られているようである。
「そして我々のチームは何の因果か、今やお互いが手に手を取れる位置でゲームプレイを行なっている。これは運命が導く好機だったと、ようやく気づきました。そうです、今や他のチームにない迅速な連携体勢を手に入れていた!」
世紀の大発見だとヤスオは意気揚々に上げた。
気持ちが沈むのも、瞬く間だった。
今頃かよ、と凪海が呆れてたように呟く。
ははは、と未亜がとても困ったように笑っていた。