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14.呼び出されたら……思い出した

 会社の会議室へ呼び出された。

 招集をかけてきた相手が片桐(かたぎり)システムエンジニアであれば、何が話し合われるかだいたい予想がつく。ヤスオがドアを開ければ想像通り複数の社員がいた。先だってプログラムの仕上がり期日を確認しに来た鮎川菜々(あゆかわ なな)の顔もあった。


「これで来て欲しいメンツは揃ったみたいだから、始めさせてもらうよ」


 リーダーの片桐が砕けた口調で進行を担うは、いつものことだ。

 ヤスオより十歳下にあるシステムエンジニアは、会社から期待されている中堅社員だ。バリバリ仕事をこなす姿には感心しかない。羨望の眼差しを送ってしまう時だってある。自分がなりたかった本当の姿が、彼だったかもしれない。それはコンプレックスの裏返しであったかもしれない。


 ただし今は日曜に受けた指摘が胸に突き刺さっている。

 この人も自分の気持ちが悪い笑みに付き合わされてきたんだ、と思えば見方は変わる。なんだか申し訳なかったな、と羨望より謝罪が先立つ現在である。


 かけられた招集は例の如くだった。

 新たなシステム開発のプロジェクトチームを形成したいらしい。片桐主導の下、集められたメンバーはよく知る顔もあるが、新顔も多い。的確な舵取りをするリーダーとして、さすが社内で評判になるだけはある人数の多さだ。終了すれば成果としてつく金銭が魅力的な点も大きいだろう。

 会社も片桐の仕事を優先するような雰囲気がある。


 ヤスオもずっと要望されるまま参画してはきた。

 けれども今回は説明を聞いた後に「すみません」と断っていた。やはり激務になりそうで残業なしとはいかなくなりそうだ。


 現在、それは困る。


 昼間の仕事だけでなく夜中零時を回るほどバイトに勤しむ未亜(みあ)の生活は、一年間近く続きそうだ。せめてその間は支えようと決心したばかりである。

 昨夜、前回より深刻な顔つきをした未亜に告げられた。


「わたしのお父さん、犯罪者なの」


 犯罪と聞いても、ピンとこないヤスオである。思い浮かぶとしたら、万引きか交通違反くらいか。でもそんなんだったら言い難いまでいくわけないか、と一人合点すれば素直に尋ねた。


「どんなことをしてしまったのです?」

「業務上横領。ニュースにもなったんだよ」


 言葉少ない未亜である。あまり口にしたくないのだろう。

 ヤスオは自分で調べることにした。スマホを取り出し、未亜の苗字と横領を入れて検索する。八千万の横領で逮捕と出てきた。


「こんな事件、あったんですね」


 なかなかな金額ではあるが、正直なところ注目を浴びるほどの内容ではない。何億何十億とした横領事件が定期的に上がるようなご時世だ。会社も有名でなければ、世間の興味も刺激しない。まさにネットの片隅を通りすぎていく程度のニュースである。


 もっとも関係者とすれば事は重大だ。以前のままとはいかないだろう。勤め先などで冷遇されるようになってもおかしくない。今までになかった懸念も多く発生したことだろう。


「こんな犯罪者の娘と一緒で、やっちゃんに迷惑かからないかな?」


 肩を縮めて訊く未亜だ。 

 ただ告白する者の深刻さはヤスオに伝わっているかどうか怪しい。


「いや、ないんじゃないですかね。どちらかといえば風俗をやっているかも、とした時のほうが気持ちは騒ぎました」


 冗談ではなく真剣に答えていた。

 けれども未亜にすれば、あっさり問題なしとされたほうが慌てさせられたみたいだ。


「本当、本当に、やっちゃん。こんな大事なこと、最初に話すのが当たり前だろうって怒って普通だよ」

「しょうがないんじゃないですか。未亜さんは言い辛かったようですし。それにこっちに何かあったわけでもないし、気にしなくていいんじゃないですか」


 何ともないとするヤスオの口振りに、「そうか」と思わず口にしてしまう未亜だ。すぐさま、いけないとばかり首をぶんぶん横に振る。

 派手なアクションだったから、ヤスオのほうが心配とした。


「未亜さん。今晩はせっかく呑み屋さんのバイトが休みなのですから、早めに休んだほうがいいのかもしれませんね」


 気遣いに満ちたもっともな意見だからといって、未亜は今度こそ流されたりしない。


「やっちゃん、犯罪者を家族に持つ人間と一緒の家にいる危険性をちゃんと考えて」

「すみません。でもなんかこう犯罪がどうこうと言われても実感が湧かないんですよ。別に未亜さん自身がやったことではありませんし」

「だ、だけどね。おまえだって父親の血が流れているんだから、お金を盗みかねないなんて思わない?」

「思わないですけど……」


 口にしてからヤスオは少々後悔が過ぎった。思わないですよ! とここは強く出るべきではなかったか。

 固まったような未亜の様子を目にすれば落ち着かない。あたふたと付け加える。


「あ、あの、気持ち悪いとか、なに考えているのかわからないとか、そんなふうに周りから思われるくらいしか、これまでなくて。世間に取り上げられるどころか、基本はみんなに無視されてばかりなので……ええと、なんの話しをしているんだろ」


 まったくいい大人が何を訴えているのか。情けない限りで泣きたくなる。


 うふふ、と未亜が軽く笑ってくれたから、多少は平静を取り戻せた。ヤスオは両手を炬燵テーブルの上に置く。


「急に変な自分語りにしてしまいました。未亜さんは真剣に悩んでいるのに、申し訳ありません」

 と、言っては頭を下げるつもりだった。


 その前に未亜が微笑みながら言う。


「やっちゃんには驚くよ。まさかそんな返しでくるなんて思ってもいなかった」


 申し訳ないです、と今度こそヤスオは額をテーブルにつけた。


「謝らないでよ、こっちが謝らなきゃいけない話しだったのにさ」


 未亜に謝らせる気などないヤスオは顔を上げた。


「いやいやいや、こっちがどーんと構えているような男だったら、打ち明けやすかったんじゃないでしょうか。男として、いや人間として安心感を与えられるようだったら、未亜さんもとっくに打ち明けられていたような気がしますよ」

「そういうけれど、やっちゃんは話しやすいよ。少なくとも、わたしにとってはね」


 後になってヤスオは考える。

 ここは言葉を失ったせいでもいいから、リアクションは少なめにしたほうが良かった。ありがとうの一言くらいで済ませられたら格好がついたような気がする。


 実のところは、ニヤニヤしてしまった。そうですかぁ〜、と照れでは収まらないふやけた顔つきだったに違いない。ちょっと女性に褒められただけで自分が抑えられない。気持ちが悪い態度を取ってしまった。


 もちろんその場では気づかないヤスオだ。調子に乗って、いくらでも話しを聞きます、とする姿勢を見せた。

 それから聞いた事情は、浮かれていた気分を引き締めるに充分だった。

 がんばって未亜を支えようと決意させたほどである。


 なぜなら父親のせいで必死に働くはめになったことを知ったからだ。

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