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13.キモチわるい……理由を承服

 ぐつぐつ、炬燵テーブルの上で鍋が音を立てている。


「考えたじゃねーか、未亜(みあ)


 たぶん褒めているであろう凪海(なみ)に、えへへと笑う未亜だ。

 中身は大根や卵に餅巾着を初めとしたあらゆる具材が煮立つ。いわゆるおでんというやつである。これなら付けておく時間が肝心であって、味付けは素の用量を間違わなければいい。


「それに包丁の使い方も上手くなってねーか。前、大根を剥かせた時はひどかったからなー」


 笑ってする凪海の賞賛に、未亜の眉間が寄った。


「見えるのはやっちゃんがやったヤツで……わたしが切ったのは底に沈んでる」


 そうか、で終わらないのが凪海である。どらどらと菜箸を取って鍋の中をかき分ける。


「あ、ホントだ。ひっでなー、相変わらず未亜は。どうして皮を剥くだけで、こんなでこぼこになるかね」


 いいでしょ、と拗ねるしかない未亜だった。


 まぁまぁ、とヤスオが冷蔵庫から用意していた前菜を持って戻ってくる。きゅうりやわかめも絡めたキャベツの酢の物をそれぞれの前に置いた。


「おー、ヤスオ。気が利くじゃねーか」

「やっちゃん、なに作ってるんだろうと思っていたけど、すごいね」


 女性揃っての賞賛に、ヤスオの気分が上がらないわけがない。


「大したものじゃありませんよ。ただ亡くなった爺ちゃん婆ちゃんがこういうのを作ると喜んでくれたんです」


 ではではと三人は手を合わせて食事の挨拶をした。


 いただきます、と言いながらヤスオはふと思う。誰かと食前に声を揃えるなど、いつ以来だろう。祖父母が生前時は必ずしていた。亡くなってからは、ほぼない。今後もずっとないはずだった。

 だけど予想は今こうして見事に外されている。

 自分に嬉しい方向で事態が転ぶなんて夢のようだ。


「おい、ヤスオ。気持ち悪いぞ」


 おたまで鍋からお椀に移す凪海が当然のように指摘してくる。

 なるほどね〜、と未亜は感心しているふうの声を上げてくる。


 両手にお椀と箸を持ったままのヤスオは我に返った。

 いかんいかんと頭を小刻みに横へ振る。

 気持ちが悪い。この台詞をさっきまでやっていたゲーム中に解説を受けていなければ、落ち込んでいただろう。


 ヤスオが安っぽい人生と自虐をかます最大の理由は、他人から気持ち悪がられることだ。卑屈な自分が生み出す雰囲気だと、これまでずっと信じていた。


 ところがである。

 あったりめーじゃねーか、と凪海がヤスオの気持ち悪いイメージを強く肯定してくる。

 ゲーム中ながら衝撃で魂が抜けたようになるヤスオだ。未亜から気持ち悪いなんてないと言われ、涙が出そうなくらい嬉しかった。冒険を共にするチームYMN=やみんの仲間同士で蔑む真似なんてしないとまでくる。そんな信頼を置いた凪海からのひっくり返しであった。


「ちょ、ちょっと、凪海〜。その言い方は良くなくない?」


 さすがにたしなめてくる未亜に、凪海は平然と返す。


「だってよー。ヤスオって、いきなり笑うだろ。横を見たら、なんだか知らないけど、ニヤニヤしているなんてキモチわりぃーよ」


 ええっ! となったヤスオだ。ゲームの最中に笑った覚えはない。ないけれど、笑っている?


「やっちゃんはゲーム大好きだから、しょうがないんじゃない」


 未亜はフォローのつもりだろうが、ヤスオにすれば確証へつながった。

 無意識のうちに笑っている……しかも思い出し笑いのように、ニヤニヤと。


「それは気持ち悪いですね。確かに不気味以外のなにものでもない」

 と、とても納得していることを表明した。


 だろ、と凪海が偉そうに胸を張っている。


「ゲーム中のやっちゃんは笑顔になる人だと思ってた」


 未亜の解釈は嬉しいが、思い当たることがあればヤスオに浮かれる暇はない。すみませんとスマホを取り出す。唯一友人としても良さそうな付き合いがあった増田至(ますだ いたる)へメッセージを送る。結婚してからすっかりご無沙汰となった理由が思いついたからだ。

 程なくして返ってきた。


 どうした? とする二人に返信メッセージを読んだヤスオは頭を下げた。


「ありがとうございました。自分のおかしな点を指摘していただき感謝しかありません」


 増田至が結婚してから疎遠になった原因は嫁にあるだろうと予想していた。やはりだった。どうやらヤスオを気持ち悪がっていたらしい。突然にニヤニヤするから、怖いとまで感じていたそうだ。

 言うべきだったんだろうけど、なんか言いづらくてさ、すまん。

 至からの文面に、こっちこそと謝りたくなる。


 無自覚だった欠点にようやく気づいたヤスオの脳裏に次々と思い当たる場面が過ぎっていく。特に会社では、しょっちゅうやらかしているような気がしてならない。プログラミングの最中に少し疲れを感じた際は、ゲームのことを思い出して気分を上げるくせがある。愉しみを思い浮かべることで地味な作業を乗り切ろうとする。

 ニヤニヤしていたに違いない。間違いなく、していた。

 周囲の人たち、特に会社の同僚には悪いことをしていた気分にさえなっていく。


「まぁ、なんだ。ヤスオが気持ち悪がられるのは思い出し笑いだけじゃねーから、あまり気に病むな」


 励ましているようで身も蓋もない凪海にも、今のヤスオには言われている酷さに気づかない。


「やっちゃんの思い出し笑い? わたしは気にならなかったけどな」


 未亜の確実なフォローが却って、ヤスオに決心を促す。

 いきなり変な笑いをしないようにする!

 そう誓った矢先、食事中にも関わらず自覚ない笑いをしてしまった。 

 長年の、しかも無意識下でしてしまう癖は簡単に治ならなそうだ。道は険しい。


 けれども今週もまた充実した休日ではあった。

 先週に引き続いてゲームに夕飯ときて、凪海を見送る。

 そして今週もまた未亜から「大事な話しがある」とくる。


 深刻な雰囲気の下で、ヤスオはお茶を啜りながら新たな秘密を打ち明けられていた。

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