猫と異臭とぬいぐるみ
【注】実話です。
これは弟が小学生だった頃の話です。
今でこそマイルドヤンキーな弟ですが、当時はぬいぐるみを抱いて寝ていました。
愛用のぬいぐるみは緑色のステゴザウルス。
ふわふわもこもこで、子犬くらいのサイズでした。
年の離れた兄としては、ベッドの枕元に恐竜を見かけるたび、「何故、男がぬいぐるみ?」と思ったものですが、人に迷惑をかけるでなし。たまにからかう程度で、気にしませんでした。
「なあ、オレのぬいぐるみ知らん?」
弟に尋ねられたのは、とある日のことです。
私は母が夕食の支度をするのを手伝いながら、猫の番をしていました。
当時の飼い猫は色白でしたが、野良猫上がりで根っからのハンターでした。
ネズミやゴキブリに飽き足らず、夕餉のおかずまで狙うので、見張りが必要だったのです。
「いや、知らんで」
「おかしいなあ。どこ行ったんやろ」
「それは知らんけど。おまえの部屋、最近くさない?」
「くさいなあ」
弟の部屋に感じる、かすかな異臭のことです。
「なんでやろな?」
弟にも心当たりがないようでした。
実際、部屋は片付いており、二人して首をかしげていたのです。
その数日後。
かつてない絶叫が、家中を震わせました。
駆け付けた私が見たのは、半狂乱の弟の姿でした。
弟のベッドには、行方不明だったぬいぐるみ。
緑一色のはずが、何故か水玉模様になっています。
後に聞いたところ、ぬいぐるみは壁とベッドの隙間に落ちていたそうです。
弟はそれを拾い上げ、模様を奇妙に思いながらも抱きしめた。
でも、それは、水玉ではありませんでした。
もこもこしたぬいぐるみに潜り込んだ、無数の蛆の巣穴だったのです。
弟のベッドの下からは、スズメの腐乱死体が見つかりました。
猫が捕まえ、放置したのです。それに蛆がわき、ふわふわの寝床を見つけた。
ぬいぐるみは焼かれ、弟はベッドがトラウマになりました。
怖気とともに語り継がれる、我が家の恐怖譚です。