初めての仲間
相変わらず僕のMetubeは僕しか回してなくて再生数は一向に増えないけれどやりきった満足感はある。そしてまたもう一曲作ってみたいなという気持ちに駆られる。
ただここで難しい壁にぶち当たった。歌詞を書くのは意外と得意で、いろいろと書きたい歌詞が浮かんでくる。でもそれにあった曲が上手く作れない。…これが音楽経験のなさによるものなのか、はたまたセンスがないのか、あと機械オンチなところもあって音楽ソフトの上手く機能も使いこなせていない気がする。悩みながら作っている。
学校に行ったある日の昼休みの終わりかけ。教室の入り口から一個下で同じ高校に通う蜜柑が僕のことを呼んでいた。
僕の教室に来ることなんて、ほとんどないのに…何か忘れ物かな?
入口の扉に向かう。すると蜜柑とその後ろに背の高い男子が立っていた。
え?まさか……これは……。
「え?まさか蜜柑の彼氏?」
その男子を指差して驚きながら蜜柑を見る。
「そんな訳ないでしょ。どこに学校でお兄ちゃんに彼氏を紹介するヤツがいるのよ。バカなの?」
「そりゃ…そうだね。でも…だったら誰?」
余計、意味不明だ。
「お兄ちゃん、こないだ曲作ったじゃない?そのこと教室で話してたら彼もそーいうのやっていて、お兄ちゃんの曲に興味持ったんだって。話したいって言うから連れてきた。」
蜜柑は面倒くさそうに、後ろの男子を呼ぶ。
「いきなりすいません。俺も曲作っていて曲も聞いてみたら興味持って…もう、昼休みも終わるし、ここじゃあんまり話せないから、連絡先教えてもらってもいいですか?」
「うん、別にいいけど。」
再生数、僕が回したよりもちょっと上がっていた気がしたのはこの子のおかげかな。てっきり蜜柑がまた見てくれているのかと思っていたけど。しかし、背高いな…。一個下だろ?僕より15センチ以上は高そう…。
そのまま連絡先を交換して、後日放課後に会うことになった。
「俺、トラック作るの好きで趣味で色々とやってるんだけど、先輩はいつから作り始めたの?」
タメ語でいいよと言ったら、即効タメ語で若い子の順応性の高さには先輩ビックリしちゃうよ。
「トラック…?」
そして聞きなれない言葉に首を傾げる。頭には自動車のトラックが浮かぶ。
「メロディと歌詞が入る前の段階の音楽のこと。簡単に言えば作曲みたいなこと。先輩がループ音源で組み合わせて作ったやつのことだよ。」
「なるほど。僕、最近作ってみたばっかりで言葉とかもよくわからないんだよね。まだ上げた一曲しか作ってないし。」
多分、君と語り合えるほど詳しくないから申し訳ないね。
「そうなんだ。でも作ったヤツ、俺歌詞好きだよ。」
なんだそれ、思わず惚れてしまいそうになるじゃないか。少女マンガのヒロインってこんな気持ちなのか…いや、違うか。
「ありがとう。誰かに誉めてもらえるなんて思ってなかったから嬉しいや。」
「新しいの作らないの?」
「うーん、歌詞はねー、いいの浮かんで来るんだけどなかなか曲が作るのが難しくて…。」
「じゃあさ、俺と作ってみない?」
「君と?」
「俺トラックは作るんだけど、どーにも歌詞とか下手くそで。いつも歌詞なしだけしか作れなくて。先輩の歌詞で曲作ってみたいな。」
「僕の?僕なんかの歌詞でいいの?」
「めっちゃいいじゃん。あっ。むしろ俺のやつ聞いてなかったね。聞いてからでもいいから。」
スマホにURLが送られてくる。そのURLのページを開いて、イヤホンをして聞いてみる。
「かっこいい…!!」
イヤホンから聞こえた音楽は僕が作った在り合わせのものとは違ってスムーズな曲で、エッジが効いていて、妙にイメージがそそられる曲だった。
「これを作ったの?すごいね。」
僕は目を見開いて彼を見る。年下だけど全然スゴい。
「一緒にやってみない?まぁ、俺も初めて共同でやってみるから手探りばっかになるだろうけど。」
「僕もうまくできるかは分からないけど…作ってみたいって思った。」
「決まりだ。えぇと、じゃあ俺、SUI夏って呼ぶね、先輩のこと。」
「スイカ!?」
「だって、そう名前つけたでしょ?」
そうだ。SUI夏って僕、名前つけた。SUI夏は僕の名前だ。
「そうだね。それで呼んで。…えぇと君の名前は?」
「俺はローマ字でhajime。」
「それってほぼ本名じゃん。」
「うるさいな。あんまり捻った名前とかつけるの嫌だったんだよ。しかもハジメっていい名前だろ。」
「そうだね。」
家族からも学校の友達からも呼ばれない名前で呼ばれて新たなドキドキが始まる。
僕の孤島に新しい仲間が訪ねてきた。