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7.ミシェル・ライネル『他意がないのは分かっている。友情だ。これは単なる友情だ(涙)』

ミシェルは隣国からやってきた天使のおかげで、生きる意欲と体力を取り戻しつつある。

今はまだ外を走り回ったりはできないが、室内でボードゲームを嗜むくらいなら

できるようになった。


そしてミシェルは、天使の部屋の前に立つ。


(古今東西、恋愛のはじまりはまずお友達からだ。

私の場合、友達に始まり友達で終わりそうな予感しかないが)


ポジティブに行動を起こし、ネガティブな予感に頭を抱える。

いまいち良くわからない思考ではあるが、それは少年特有の繊細な恋心である。


(まあ、いい。まずはお友達からはじめよう)


ミシェルにはどうやら、ざっくりとした割り切りと、無駄に行動力があるらしい。

ミシェルは勇んで天使の部屋をノックした。


「え?」


ドア越しにミシェルの姿を見たときの、天使の一声だ。


(それどういうリアクションなの?)


ミシェルの繊細なガラスのハートが砕け散った。


(何? 迷惑だった? 迷惑だったの???)


一瞬泣きそうになる。


「ふんっ! 貴殿がチェスを嗜まれるとアレックからきいたものでな。

誘いに来たのだが、どうやら迷惑だったらしいな」


心の動揺を悟られまいと力んだら、少し不機嫌な声色になってしまった。


「いえ、迷惑だなんて。まさかミシェル様直々に来て下さると思っていなかったので、

少し驚いてしまっただけです」


慌ててゼノアが言い繕った。


(優しいな、ゼノア。

だが貴様の優しさは、時に私の心を抉る)


ミシェルは心の涙を拭い、更に攻める。


「隣の部屋だしな。いちいち先触れの侍女を通すのもどうかと」


少し思い切って間合いを詰めてみた。

拒否られるかと少し構えていたら、


「それはそうですね。私の部屋に来られますか?」


案外すんなりと受け入れてくれたようだ。


「え……えっと……」


他意がないのは分かっている、友情だ。これは単なる友情だ。

とは思うものの、彼女の部屋に初めて招待された、彼氏的な気持ちになってしまう自分が、

とても痛いということは理解している。


(出会ってまだ一カ月ほどなのに、まだそれは早いっていうか、

お互いもっと知り合ってからだなぁ……。

私は末期だ)


ミシェルが遠い目をした。


「貴殿と私の部屋の間には居間がある。そこを共同のスペースにしないか?」


そんな提案をしてみた。


他意はないんだ。他意は。

友情だ。これは単なる友情なんだ。

なのに、なぜだか脳内では付き合い初めの彼女に自宅の鍵を渡し、

今日から同棲を始める彼氏みたいな気持ちになってしまう。


「ミシェル様がよろしければ、喜んで」


そう言って微笑んだ天使を見て


 エンダーーーーーーーーーイヤーーーーーーー!!!


曲名知らんけど、結婚式でよく流れているあの曲がミシェルの頭の中で鳴り響いた。


(ふむ。室内で、盤上でなら、私はゼノアと対等でいられるのだな)


チェスの駒を弄びながら、ミシェルはそう思った。

幼い頃から病気がちだったミシェルに、アレックがチェスを教えてくれた。

アレックを相手にかなり打ち込んできたミシェルは、チェスにかけてはかなりの腕前だと思う。

しかしゼノアはそのミシェルに引けを取らない。

ほぼ互角だ。


「お前ってさ、けっこう凄いよな」


何気に思っていたことが、ミシェルの口から溢れてしまった。


「ええ? なんです???」


あわあわとゼノアが取り乱している。


(いつもは落ち着いているくせに、こいつは不意打ちに弱い。

こういうところのギャップもなんか可愛いんだよな)


テーブルに片肘をついて、ミシェルはゼノアの様子を観察する。


「別にっ! なんでもない」


ちょっと語気を荒げてみる。


(怒気にまかせてデレを誤魔化す。

コイツに出会ってから、私が身に着けたスキルだ。

そうすると、私が怒ったと思ってコイツはちょっと不安になるんだ)


「え? なんですか? 気になるじゃないですか」


ゼノアの盤上から上げた顔が赤面し、焦った感じでミシェルの顔を覗き込む。


(めちゃくちゃ可愛いけどもっ!)


精神の動揺が僅かに盤を乱したのを、ミシェルは見逃さない。


「ふんっ! 集中力が途切れたな。若輩者がっ! チェックメイト!!!」


声高らかに叫んで、ゼノアのキングを獲った。


「ああああああああ! ずるいっ! 今のなしです」


ゼノアは心底悔しがり、ミシェルは勝利の雄たけびを上げる。

しかしそこにゼノアの乳母が、ゼノアを迎えにやってきた。


(そりゃあ、まあ、お互い子供なわけだし、10時には寝なきゃならないのだが。

それは分かっているのだが)


いくら隣の部屋とはいえ、正直ちょっと寂しいという気がしないでもない。

ミシェルがちらりとゼノアを盗み見た。


ゼノアは乳母が迎えにきたときに、一瞬だけ泣きそうな顔をした。


(なぜそんな顔をする?)


そんな疑問を持ってミシェルはゼノアを注視した。


「ミシェル様、今夜はこれで失礼いたします」


そう言ってゼノアは微笑んだ。

それはいつもと変わらない笑顔で、いつもと変わらないゼノアだった。


(妄想、妄想、考え過ぎだって)


ミシェルはそう考えなおした。

どうせ妄想ならもっとドラマティックな展開がいい。

乳母の手を払い、ゼノアを抱きしめて

『今夜は帰さない』なんて台詞を是非言ってみたい。


そんな妄想が顔に出ていたのか


「なにか?」


とゼノアが不思議そうに顔を傾かけている。

可愛いな。

何だそのアングルは、初めて見たぞ。

こいつはこの私を萌え殺す気か???


「別にっ! ふんっ! じゃあなっ!」


ミシェルは怒気にまかせてデレを誤魔化すスキルを発動させた。


「では、失礼いたします」


一礼してゼノアが部屋に戻ったのを見届けて、暫くしてからはたと思い出した。


(この私としたことが、ゼノアにお休みなさいを言い忘れてしまったじゃないか。

それと明日の約束を取り付けなくては)


ミシェルはダッシュでゼノアの部屋に向かった。


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