6.セシリア・サイファリア『コスモスの花言葉は乙女の真心なのだそうですよ』
私に宛がわれた部屋は、居間を挟んで、ミシェル様の部屋の隣に位置します。
本来ならば、王太子妃に宛がわれる部屋なのだそうですが、
現在は不在のため、遠慮なく使わせていただいています。
そういわれれば、内装や置かれている調度品なんかが、
女性向けだという気がしないでもありませんね。
天蓋付きのベッドや、ドレッサーなんかも置かれています。
国元で暮らしていた部屋と少し似ている気がしてほっこりとします。
率先して身を飾るほうではありませんでしたが、
それでもお気に入りのドレスや、
靴、兄が誕生日にプレゼントしてくれた髪飾りや、
宝飾品はすべて国元に置いてきました。
クローゼットに並ぶのは、見るとため息をつきたくなるような男の服ばかり。
髪を切った日から、私は鏡を見ることがあまり好きではなくなりました。
本当の自分ではない、その姿を見ることがとても悲しくて、
無意識に避けるようになったのです。
自分を偽るということは、思った以上に辛いことでした。
(男の恰好をした私を好きになってくれる人なんて、きっといやしない)
そのことは、私の心に大きな影を落としました。
実際に誰かを好きになったことはありませんでしたが、
人並みに恋というものに憧れ、夢見ていましたから。
その反動からでしょうか、一心不乱に恋愛小説と少女漫画を
読みふけった結果、気が付いたら私は完璧な王子スキルを手に入れてしまい、
色々とエグイことになっています。
まあ、私にその気はないので、そんなスキルを持っていたって
無用の長物なんですけどね。
必須の外交スキルといえばそうなんでしょうけれど、
演じる自分を強要される立場にあるので、それはそれでその代償に
色々なものを抉られながら生きています。
正直女性からの好意は、気持ちは嬉しいのですが、
それに応えることができないので少し心苦しいです。
アレックから、家具や調度品を入れ替えましょうかとの提案があったのですが、
お気遣いなくと丁重にお断りしました。
むしろ好きなんです。
こういう雰囲気が。
しかし怪しまれても困るしな、というところで痛し痒しです。
私には色々と後ろ暗い所があるので、身の回りのことは、
国元から連れてきた侍女たちにお願いしています。
ちなみに私に宛がわれた部屋は、二間続きで、手前が客間と書斎を兼ねた居間と、
その奥にバス、トイレ、支度部屋が併設された寝室があります。
午前中は客間兼書斎のほうに家庭教師に来ていただき、
午後からは外に出て乗馬や剣術を教えてもらっています。
そこは人質であっても、しっかりと学んでいます。
命を守るためには必要なことですから。
一応私は名目上、ミシェル様の学友ということになっているのですが、
ミシェル様は病気がちなため、授業は今のところ別々です。
とはいえ、学業が終わると、お互いの部屋の間にある居間で
一緒にお茶を飲んでボードゲームをしたり、
ディナーを一緒に食べたりして、子供同士普通に結構仲良くなりました。
最初こそ死んだ目をしていたミシェル様ですが、
一緒に暮らすようになってからは、
食事を残さなくなり、血色も随分良くなりましたね。
良かった。良かった。
「チェックメイト!」
ミシェル様が心底嬉しそうに叫んでいます。
ミシェル様とチェスをしていたのですが、今回は負けてしまいました。
現在の勝敗は、12勝13敗。
私負け越しています。
悔しい。
ちなみにこのテーブルに生けてある花は、ミシェル様が私にくださった花です。
ある日、ひょっこりと侍女を通さずに私の部屋に遊びに来てくれたミシェル様は
両手いっぱいの秋桜を、不愛想に私に突き出しました。
「やる!」
反応に困った私は
「え?」
と一瞬固まりました。
「ふんっ! 貴殿がチェスを嗜まれると、アレックからきいたものでな。
だが、どうやら迷惑な様だったな」
なんていって不機嫌そうな顔をされたので、少し焦りました。
嬉しかったのです。
とても。
慣れない異国の地で、こうして私なんかのために花を贈ってくださったことが。
秋桜の花言葉は『乙女の真心』なのだそうですよ。
私が女の子なのに男の恰好をしているように、
ミシェル様も一見わがまま王子に見えて、
そんな不器用な優しさをもっていらっしゃるんだと分かった瞬間でした。
それが私とミシェル様の友情の始まりだったのです。
おっと、乳母のナアマが呼びに来たので、そろそろ部屋に戻らねばなりません。
正直、部屋に戻るのが少し辛いです。
最近眠れないんですよね。
ミシェル様とこうしてご一緒している間は、
色々な事を忘れていられるんですが、
眠る間際の一人で過ごす時間が耐えがたいのです。
まあ、そうもいっていられないので、お暇の挨拶を。
「ミシェル様、今夜はこれで失礼いたします」
別れ際、ミシェル様はときどき複雑な表情をなさいます。
「なにか?」
そう問うと、ミシェル様は少し顔を赤らめて、そっぽを向かれます。
「別にっ! ふんっ! じゃあなっ!」
え? なにか怒っておられます?
「では、失礼いたします」
一礼して、私は部屋に戻りました。