41.エリオット・エルダートン『悪役令嬢は覇王に拾われる』
待降節は第二週を迎え、祭壇に灯された二本の蝋燭が
ゆらと揺れて、聖堂を照らしている。
細い明かりのその先に、磔刑に処されたキリストが
浮かび上がる。
エリオットは跪き、ただ祈りを捧げる。
磔刑に処されたキリストの隣には二人の罪人が、
同じように磔にされたのだという。
一人は右に、もう一人は左に。
罪人の一人は言った。
『お前はメシアではないか。
自分自身と我々を救ってみろ』と。
もう一人の罪人が言った。
『お前は神をも恐れないのか。我々は、
自分のやったことの報いを受けている。
しかし、この方は何も悪いことをしていない。
イエスよ、どうかあなたが天国へおいでになるときには、
私を思い出してください」
キリストが言った。
『今日あなたは私と共に天の御国にいるであろう』と。
(果たして磔刑に処されたキリストは、血と罪にまみれた
この私をも救ってくださるのでしょうか)
エリオットは手を組んで、目を閉じた。
草木を踏み分ける、軍靴の音が近づいてくる。
(父なる神、子なる御子よ、どうか私の深き罪を許し、
天の御国へと導きいれ給え)
エリオットの唇は祈りを紡ぐ。
結局罪とは、自分自身ではどうにもできない厄介なもので、
一つの罪が多くの犠牲を産むことになってしまった。
脳裏に浮かぶのはプラチナブロンドの髪の少年の面影だった。
まだまだ幼いと思っていた少年は、恋をしてセシリアの薔薇を育てている。
幸せそうに笑う少年の面影に、胸が引き裂かれる。
「ごめんね、ミシェル……」
償うためにはもう、この命を差し出す他には何もできない。
(神よ、どうかこの哀れな罪人を哀れみ給え)
聖堂の扉が開かれた。
「いたぞ! 謀反人、エリオット・エルダートンだ」
白の隊服を着た兵士が、エリオットを囲む。
白の近衛隊は、ミシェルの親衛隊だ。
自身の生命の灯が、まもなく尽きようとしているのを感じて、
エリオットは寂しい笑みを浮かべた。
隊の指揮を執るのは、プラチナブロンドの髪の少年、
ミシェル・ライネルだ。
自身も純白に金の縫い取りを施された隊長服を身に纏い、
腰に剣を帯びている。
ミシェルはゆっくりと歩みを進め、エリオットの前に立った。
感情の消えたガラス玉のようなダークアッシュの瞳が、
罪にまみれた、自分を映している。
「謀反人エリオット・エルダートンを近衛府へと連行せよ!」
無機質な声色が聖堂に響くと、エリオットは
ペチコートの中に隠し持っていたナイフを握りしめて自身の胸に深く突き刺した。
「エリオット!」
ミシェルの絶叫が聖堂に響き渡たり、
崩れ落ちるエリオットの身体を、ミシェルが支えた。
胸に滲む血の滴りが、ミシェルの隊服を染めていく。
恐怖にひきつるミシェルの表情が痛々しくて、
幼い少年にそんな顔をさせていることが、ただ申し訳なくて
エリオットは、双眸を閉じた。
「ごめんね、ミシェル……」
エリオットはそう呟くと、身体がひどく重くなって、
白けた霧の中に意識が溶けていくのを感じた。
自分は今ひどく寒いのだ。
そして、願わくばこのまま眠らせて欲しいと願う。
それが安らかであるかどうかは別にしても。
刹那、金の髪の少年が聖堂に入ってきた。
金の髪に翡翠色の瞳を持つ少年と、
その脇を数名の黒服の忍びが固める。
「ゼノアか? いや違うっ!」
少年は長い髪を高く結って、口元を布で隠している。
ミシェルが腰の剣を抜いて構えた。
金の髪の少年も刀を抜く。
「お初にお目にかかる、ミシェル王太子。
悪いことは言わない、剣を収められよ、
そしてエリオット・エルダートンをこちらに寄越せ」
金の髪の少年が、ミシェルに囁いた。
「何を言っているんだ、貴様はっ!」
そういって、ミシェルは剣を繰り出した。
火花を散らして、剣が交わる。
「これはゼノア・サイファリアからの依頼だ。
お前の心を守るためにだとよ。
自分も身体がボロボロなのに健気なことだ。
だから、あいつの為にも、ここは引け」
その言葉にミシェルが剣を下ろした。
「お前は誰だ?」
ミシェルが訝し気に、金色の髪の少年をみた。
「顔が似ているだろ? あいつの身内だ。
エリオットはこっちでなんとかするから、あいつのこと頼むな」
「ゼノアに会ったのか?」
「まあな、私を呼び出し、請けを依頼した後にぶっ倒れやがった。
今頃ナアマが血相変えてるだろうな。
ともあれ、あいつの命を救ってくれたのもお前なんだったな。まずは礼を言う」
そう言って金色の髪の少年が、ミシェルに頭を下げた。
「お前に礼を言われる筋合いはない。
あいつをそういう目に合わせたのは、全て私の責任だ」
ミシェルが悔しそうに唇を噛んだ。
「そういう目に合わせてしまうことがわかっていて、それでも
あいつを人質に出さざるを得なかった身内の気持ちがわかるか?」
そう言って少年がため息を吐いた。
少年の言葉にミシェルが顔を上げる。
「不本意だが、今はお前に託すしかないんだから、
そこはよろしく頼む」
そういって少年は懐から小瓶を取り出し、プルタブを引いた。
その液体を口に含んで、血まみれのエリオットに口づける。
胸に深々と突き刺さったナイフを引き抜いて、床に捨てると
耳障りな金属音が、聖堂に響いた。
エリオットの意識はまだ戻らないが、その頬に血の気が戻っていく。
「秘薬、キヨシか」
その効力をまざまざと見せつけられたミシェルが、目を細めた。
「ああ、そうだ。マツモト先生監修の万能薬だ。
決して駅前のドラッグストアなんかで
売っているような代物ではないからな。
扱いに注意しろ。
あっそうだ。
お歳暮に何本かアレックさんに贈っとくか」
そんな呟きとともに、少年がエリオットを横抱きにして
闇に消えた。




