71話 安里翔
遠村は重たい口を開き、今まで言うのを躊躇っていた、俺も予想だにしなかった事実を語り始めた。
「安里君。落ち着いて聞いて頂戴。
私も直接その場に居合わせた訳じゃ無かったんだけど。
あなたが私達の世界から消えてから暫くして、時空の歪みが発生したらしいの。
そこに偶然現れた愛ちゃんが、その歪みに吸い込まれて忽然と姿を消したそうなのよ。
歪みからは手の様な物が伸びて来たみたいで、それは、おば様が見た光とは真逆の漆黒の闇だったそうなの。」
この話は俺を絶望の淵に突き落とすには十分過ぎる物だった。
光の手とは違い、その漆黒の手という物からは、邪悪さを感る。
まだ幼い愛が、そんな恐ろしい物に連れ去られたとあっては、無事でいるかさえ怪しい。
「遠村!愛は無事なのか?死んだりして無いよな?」
俺は遠村の肩を揺すりながら答えを求めた。
だけど遠村は目を伏せるばかりで、何も答えを返してはくれなかった。
「翔ちゃん落ち着くんだよ!愛ちゃんが死んだって決まった訳じゃ無いんだから!」
「ばあちゃんは何か知ってるのか?」
「漆黒の手は恐らくだけど、全てを本来の在るべき形に戻そうとしている様に思えるんだよ。」
「在るべき形?」
「そうだよ。元々私は別の世界で生まれた。だけど光の手によってこの世界に連れて来られた。
翔ちゃんのお父さんはきっと、翔ちゃんや愛ちゃん程、私の血を色濃く受け継いで無かった。
だけど、私の血を色濃く受け継いだあなた達は、何者かの意志によって、本来居るべき世界に戻そうとされてるんじゃないかと思うんだよ。」
「それじゃあ、愛は俺が送られた世界に居るって事か?」
「その可能性も有り得ると思う。」
「だったら、こうしちゃ居られない!早く元の世界に戻って愛を探さなきゃ!そうだ、向こうでロマリオンに聞けば何か分かるかもしれない!」
「待っておくれ。翔ちゃんに期待を持たせるだけ持たせておいて、その期待を裏切ってしまう様で忍びないんだけど・・・。
翔ちゃんが送られた時代と、愛ちゃんが送られた時代とが必ず同じとは言い切れないんだよ。
それに、世界はあらゆる可能性によって幾つも分岐しているんだよ。
この私が生きる時代と、翔ちゃんや遠村さんが生きる時代に相違点が有る様にね。
愛ちゃんが辿り着く世界が、翔ちゃんと全く同じ世界であるという可能性は極めて少ないんだよ。」
「それじゃあ一体どうしたらいいんだよ!
もし別の世界に送られてたとして、モンスターや魔物が居る世界だったら、幼い愛が一人で生きて行ける訳無いじゃんかよ!」
「安里くん。愛ちゃんは一人じゃ無いわ。
実は、愛ちゃんを助けるべく、石破一茂さんって言う桃恵先生のお知り合いの方が、愛ちゃんを必ず助けると言い残して、時空の歪みの中に果敢に飛び込んで行ったそうなのよ。
だから、私達は石破さんの事を信じましょう。それに何だか嫌な予感がするの。私達はこの世界に長く居ちゃいけない気がして。」
遠村はそう言って忙しなく周囲をきょろきょろと見渡していた。
漠然とではあるが、俺もそんな予感が脳裏を過っていた。
「翔ちゃんも遠村さんも、薄々勘付いてたかい。
この世界は既に放棄された世界。正しいルートに辿り着く事の出来なかった、数ある分岐の中の一つに過ぎない。
無駄な世界は例外無く消される。いづれ近い内に、この世界も崩壊が始まり、跡形も無く消されるに違いない。」
「だったら急いでここから出ないと!だけど、一体どうやったら出られるんだ?」
焦りを隠せない俺を余所に、遠村は至って冷静だった。
それは現実を受け入れての諦めなのか、それとも、打開策を何かしっているのか。どちらなのか読み取る事が出来ない。
遠村を見て感じた事がある。こいつは何度も何度も、死と向き合って来たんじゃないか、だからこうして取り乱す事無く落ち着いてられるんだと。
「おばあ様がこれから私達を連れって下さる場所に、きっと何かあるんですね。」
「勘のいい子だね。
二人は"ANOTHER WORLD STORIES"って知ってるかい?」




