70話 安里翔
ばあちゃんは俺達二人に付いて来て欲しい所があると言って歩き始めた。
目的地はここから少し離れた場所だからと、歩きながら話を続ける事にした。
「さっきばあちゃんの話にあった光の手の正体って結局何だったんだ?」
俺の質問にばあちゃんは困惑しているかの様に思えた。
光の手について話すべきか逡巡している様だ。
そして、俺に視線を向けた後、七海さんに一瞬目を遣って言った。
「翔ちゃんごめんよ。光の手に関して私が知ってるのは、この世界の創造主であるって事だけなんだ。
この世界に送られた後は、光の手が私の前に現れる事は一度も無かったんだよ。」
「それじゃあ、来るべき時ってのも、どうやって備えるかも一切説明されなかったのか?」
「そうなんだよ。だから、私も私なりに考えを巡られてはみたんだけど、結局未だに分からず終いなんだよ。」
「そうなのか・・・。」
暫く俺達三人の間に沈黙が流れた。
口火を切ったのは七海さんだった。
「私もおばあ様にお聞きしたい事があるんです。」
「何だい。言ってごらん。」
「この話は安里くんを驚かせてしまうかもしれないけど・・・」
「創造主の話も出て来て、これ以上、何も驚く事は無いからな。遠村、気にせず話してくれ。」
「うん・・・。実は、おばあ様。
私もこれはお友達の陽菜ちゃんから聞いた話なんですけど、安里くんが私達の世界から消えた後に、安里くんの御両親を初め、多くの人達の記憶から安里くんの存在が消えていたんです。
それに、記憶だけで無く、安里君が使ってた物や、写真の中からも存在自体が初めから無かったかの様に綺麗さっぱりと消え去っていたんです。
だけど不思議な事に、私や陽菜ちゃん、桃恵先生、それに・・・愛ちゃんの4人だけには安里くんの記憶がしっかりと残ってるんです。」
「遠村さん。教えておくれ。陽菜ちゃん、それに桃恵先生とはどんな人物なんだい。」
「陽菜ちゃんは言っていいのかな。」
遠村は俺の方を見て同意を促している。
俺は諦めて仕方なく首を縦に振った。
「安里君の彼女です。」
「まあ!やるわね、翔ちゃんも!」
ばあちゃんはにやけ顔で俺の背中をぽんぽんと軽く叩いた。
「ばあちゃん!そんなんじゃ無いから!」
思わず自分の顔が赤面してるのを感じた。
「それって言うと、桃恵先生って人も翔ちゃんの事を好きだったりするのかい?」
「それは絶対に無いと思います!」
遠村は真面目にきっぱりと言い切った。
確かにそうではあるが、切り捨てる様な言い方をされて、つくづく冗談の通じない奴だと思った。
「おばあ様は桃恵先生の事、本当に知らないんですか?」
遠村の含みのある言い方に、ばあちゃんは思い当たる事が無いのか、不思議そうな表情で俺の方を見遣った。
「遠村さん教えてくれないかい。桃恵先生って人の事を。」
遠村は躊躇っている様に見えた。
桃恵先生は俺の学校の物理教師で、さっき遠村から知らされた、この世界の管理者って事以外に何かあるのだろうか。
管理者・・・?
管理者はばあちゃんの筈だ。
俺の頭の中で遠村が言った言葉、そしてモンスター村で村長が話した前魔王との対話が蘇った。
"桃恵先生は完全な管理者じゃ無いって。
と或るお婆さんから管理者の能力を託されたんだって。"
"この世界に魔王は一人だけしか存在しない。存在出来ない。
魔王である私はこの世界の管理者。
この私を殺せばお前は私が持つ管理者としての知識と力を手にする事が出来る。"
そんな・・・。まさか・・・。
俺の知ってるばあちゃんは俺が幼い頃に脳梗塞の所為で死んでしまったんだ。
頭に過った考えを必死に打ち消そうとしても、疑念は深まるばかりだった。
俺はばあちゃんの遺体を直接見た訳じゃない。
死因はおやじから聞かされただけだ。
もしそうだとしたら・・・
完全な管理者じゃ無いってどう言う事なんだ。
「遠村・・・。俺も大人になったんだ、どんな事実も受け止めるから、桃恵先生の事、正直に話してくれないか?」
遠村は俺の言葉から全てを悟った様だった。
ばあちゃんがどうして死んでしまったのか、大方想像がついていて、その想像は恐らく正しいだろうと言う事を。
遠村は、ばあちゃんが死ぬに至った経緯を正直に話してくれた。
その話から、どうして完全な管理者になれなかったかと言う事にも納得が出来た。
俺とばあちゃんには、桃恵先生に対する憎しみの感情は一切湧かなかった。
寧ろばあちゃんは、桃恵先生に対して、重たい物の背負わせてしまって悪い事をしたと、桃恵先生の事を思い、気を落としていた。
そして、ばあちゃんは重々しく、一つの考えを述べた。
「この世界を創ったのは光の手の主だって話ただろう。
つまりは、そこに生きてる人達は光の手の支配下にあるんだよ。
翔ちゃんが今まで生きて来た痕跡を消して、然も当然かの如く、記憶を改竄したり。
それは翔ちゃんの父さんや母さんにだって当て嵌まる。
だけど支配下に置けなかった人も存在してる。
その人達の共通店は・・・。
一つは別世界から来た人間。
そしてもう一つは、この世界を変える力を持つ、謂わばキーパーソン。」
「お言葉ですけど、おばあ様。安里君達は兎も角、私にはそんな力があるとは到底思えないんです。」
「遠村さん。キーパーソンと一括りにしてしまって語弊があったかもしれないが、お前さんにはそれ以上の何かがあると私は睨んでるんだよ。」
「えっ!?」
「この話はここまでにしておくれ。これ以上は私の口からは言えないんだよ。」
「分かりました・・・。
では、もう一つだけ教えてくれませんか。
・・・だけど、その前に安里君に謝らせて下さい。
今から話す事、ずっと黙っててごめんなさい。」
遠村は俺に深々と頭を下げた。
この世界に来るまで、ちゃんと話をした事が無かったけど、今なら遠村の人となりがよく分かるんだ。
こいつは、自分を犠牲にしてでも、他人に手を差し伸べられる奴だって。
「どんな事か分からないけど、遠村は最初会った時にその事を言おうとしてくれたんじゃないか。
きっとお前の事だから、俺の事を気遣って言い出せなかったんだろ?」
「ありがとう。安里君にそう言って貰えると、私の心に重く圧し掛かっていた物が少しばかり楽になった。」




