66話 安里翔
土曜日の昼下がりの見門駅前の広場は人通りも疎らで、皆、どこか忙しなく見えた。
モンスターに襲われる事も無い、平和で文明も発達した快適な世界の筈なのに、あっちの世界の住人の方が何故かこの世界の住人より生を謳歌している様に感じられた。
昨日、遠村と管理者探しの待ち合わせ場所に指定していた大時計の前には、約束の時間の30分前とあってか、まだ彼女の姿は見当たらない。
普段は寝坊して、約束の時間のギリギリか遅れてしまいがちな俺が、どうしてこんなに早く来たかと言うと、それには訳があった。
昨夜から一睡も出来なかったからだ。
昨日、陽菜と転校生のキスシーンを見せられて、一晩経ってもその怒りは収まる事は無く、朝早くに転校生のアイツが入り浸っていると噂のクラブに息巻いて行ったんだ。
だけど、そこにアイツの姿は無かった。
そこで、その場に居た男達に、他に奴の行きそうな場所は何処かと詰め寄った。
すると、男達は不思議な事を言い出して、半狂乱になっていた。
『お前が探してる蓮と俺達は、そもそもいつどうやって知り合ったんだ?
奴が蓮って名前だって事も、今お前から聞いて初めて知ったし、俺達はどうして親しくも無い奴を仲間だと思ってたんだ?
なぁ、お前。何か知ってるなら教えてくれ!』
彼等にそう言われて、初めて一つの疑問が浮かんだ。
俺はどうして奴が転校して来た日の事を全く思い出せないんだ?
それに、陽菜が奴の名前を呼ぶまで、蓮って名前を忘れていた。いや、知らなかった。
その意味を考えながら、大時計横のベンチに向かって歩いていると、不意に歌が耳に飛び込んで来た。
その名が示す道の先に~
一片の光も許さない闇が広がる~
君の中にある勇気の光は~
絶望を希望に変え~
世界を明るく照らす~
決して忘れるな~
闇の中でこそ光はより輝けるのだと~
考え事をしながら歌に聴き入って、無防備になっていたのか、直ぐ後ろに遠村が立っているのに全く気付かなかった。
「おい、遠村。居るなら声掛けてくれれば良いのに。いきなり後ろに立たれたらビックリするだろ。」
「ごめんなさい。いつ気付くかなって観察してたの。それに、ちょっとあなたを驚かせてみたかったから。」
遠村は、伏し目がちに、はにかんで見せた。
おいおい、どうしちまったんだ俺は。
遠村の少女の様な表情が堪らなく愛おしく、危うく心を奪われてしまう所だった。
「良く知らないけど、遠村ってこんな表情も出来たんだぁ。
今まで、取っ付き難くて、こんな子供っぽい事する様なキャラじゃないって勝手に想像してたけど、昨日も話してて思ったんだけど、案外面白い奴だったんだな。」
「私も白状すると。本当は安里君の事、ずっと不良で近寄り難い恐い人なんだって思ってた。
だけど、陽菜ちゃんから、あなたとの思い出話を聞いて、印象がガラリと変わったの。」
「陽菜は元気にしてるか?俺が別の世界に飛ばされて3年も経っちまったけど、陽菜は今でも俺の事好きで居てくれてるかな?」
「3年!?」
「遠村、とうしたんだ、そんなに驚いて。」
冷や汗が流れるのを感じた。
ロマリオンが、自らの過去を語ってくれたあの日から、拭い切れない不安はずっとあった。
彼が話してくれた、恐らく桃恵先生であろう姫様の話。
そして、300歳を越えるロマリオンと30歳前半の桃恵先生。
ずっと考えない様にしていた問題に向き合う時が来た。
「安里君・・・。凄く言いにくい事なんだけど・・・。」
「覚悟はしている。遠村。気にせず、話してくれ。」
「うん。実は、あなたが私達の世界から居なくなって、まだ1ヶ月しか経ってないの。」
嫌な予感は的中した。
そんな事は無いだろうと、これまで、目を背けて来たけど、現実は俺にとって都合の良い様には出来ていなかったらしい。
こうしている間にも、今居るこの世界よりも早いスピードで、戻るべき世界の時間は無常に過ぎているかもしれない。
「そうか・・・。遠村、話してくれてありがとう。」
「もっと取り乱すのかと思ったんだけど、至って冷静なのね。」
「こんなんでも、あっちの世界では色んな経験もして、勇者なんて呼ばれてたからな。
それに、いつの間にかあっちの世界で21歳を迎えちまってたしな。もし俺が40歳位になって、頭もつるつるで、やっとお前達の居る元の世界に戻って来たとしても、温かく迎えてくれよな。
寂しくなるから、その時はちゃんと同じ高校生として接してくれよな。」
遠村は口元を抑え、肩を震わせながら堪える様にして笑った。
それは、この世界で、誰にも相談する事も出来ず、一人孤独に戦って来た女の子が唯一心を許せた瞬間だったのかもしれない。
「遠村。絶対に俺達でこの世界の管理者を見つけような。」
「うん。」
遠村は明るく笑顔で答えた。
俺達は見門駅から程近い商店街の中を歩いた。
桃恵先生と元管理者が出会った場所は商店街を抜けた所にある、とある場所だと遠村は言った。
「所で遠村。その元管理者のお婆さんには何か特徴があったりするのか?」
「桃恵先生の話ではね、何時も桃恵先生が身に着けていたペンダントに似た、青く輝くペンダントをしてたんだって。
元々、桃恵先生のペンダント自体、この世界の物じゃないから、どうしてそれと似たペンダントをしているのか不思議に思ったみたい。」
この時、俺の頭の中で一つのイメージが浮かんだ。
それは、俺の幼い頃の記憶なのだろうか。それとも、遠村の話から、俺自身が作り上げた空想なのかは分からない。
蝉の鳴く、暑い夏の日。幼い俺は誰かの手を引いて商店街を歩いている。
商店街の中におもちゃ屋を見つけた俺は、ショーウインドーに並んだ人形の前で足を止めた。
人形を買って欲しくて、その誰かを見上げようとすると、視線は顔に辿り着く前に、胸元で不思議な青い輝きを放つペンダントで止まってしまう。
頭の中に浮かんだ映像の意味を考えながら歩いていると、不意に背後から、俺を呼ぶ声が聞こえた。
「おや?翔ちゃんじゃない。」
それは、どんなに願っても二度と聞く事の出来ない声だった。
優しくて、温かくて、俺はその声の主が大好きだった。
振り向いた俺は、涙を堪える事が出来なかった。
そこには、あの時と変わらない、全てを包み込んでくれる優しさが溢れていた。
「うぅぅ・・・。ばあちゃん・・・。」




