64話 安里翔
「はっ!」
俺は透かさず目を開けた。
どうやら、知らず知らずのうちに、眠ってしまっていたみたいだ。
こんな大切な時に眠ってしまうなんて、俺は一体何をやってんだ。
そう言えば、さっきから頭がぼんやりして思い出せないけど、随分と長くて、苦しい夢を見ていた気がする。
教室の机に突っ伏していた俺は、顔を上げ、後ろを振り向いた。
放課後の教室に残っているのは俺と、斜め後ろの窓際の席に座る幼馴染の陽菜だけだった。
俺が陽菜に長年の思いを伝える決心をしたのはこれが初めてだった。
もし、告白して振られたら、これまでの友達関係さえも壊れてしまいそうな気がして、その恐怖から高3になる今まで、胸に秘めた思いをずっと伝えられずにいた。
『あれ?何だこの感覚は?前にも経験したした気がする・・・』
陽菜は文庫本を読んでいたが、その手を止めて急に俺に話し掛けて来た。
「安里君が教室に残ってるなんて珍しいね。ましてや教科書を広げて勉強なんかしちゃって。でも結局居眠りしちゃって、昔からちっとも変わらないんだから。」
『今の言葉、聞き覚えがある。でも、何時何処で聞いたんだ?そんな事より、俺はこれから陽菜に告白するんだ。』
俺は意を決して陽菜の座る机の前に向かって歩いた。
「どうしたの安里君?」
"ガラン"
不意に教室の扉の開く音が聞こえた。
扉を開いたのは、転校生のアイツだった。
身長は俺よりも高く、長髪で、その見た目通りの軽い男だ。
こんな奴の何処が良いのか、転校したばかりだと言うのに、女性にはモテるみたいで、六股していると自慢している。
実際に俺も、アイツが女子生徒達から告白されてる姿を見た事がある。
それなのにアイツは、六股してるにも拘わらず、毎日毎日、涼しい顔して陽菜を口説いていやがる。
俺はこの転校生が大嫌いだ。
ただでさえ大嫌いなのに、この期に及んで、俺の告白を邪魔しようとでも言うのか。
「おい、陽菜!何時まで待たせんだ!」
「お前!軽々しく相川さんの事、陽菜って呼び捨てに・・・」
「ごめんなさい蓮。直ぐに帰る準備するから、もう少しだけ待ってて。」
「とっとと準備しろよ!まったくお前は、何するにもトロいんだから!彼氏の俺を待たせるなんて、お前は彼女失格だな!」
「も~、謝ったんだから、これで機嫌治してよ~。」
その時、俺はこの世で一番目にしたくない光景を目の当たりにした。
何て事だ。陽菜の方から、何の恥じらいも無く、アイツにキスをしたのだ。
二人の態度から、明らかにこれが初めてじゃないのは分かる。
それは普段からしてる、二人にとっては、ごく当たり前の事なのだろう。
「これじゃ陽菜。お前が得しただけじゃんかよ。」
「いいじゃない蓮。後で、アイス奢るから。」
何だこれは?
俺は目の前で何を見せられてるんだ?
こんな筈じゃ無い!俺が今日、この場で陽菜とキスする筈だったんだ!
本来、陽菜の隣に居るべきは俺の筈だろ?
なあ、そうだろ陽菜?
これ以上、悪い冗談はよしてくれ!
「あっ!?そう言えば安里君、さっき私に何か言おうとしてたみたいだけど何だったのかな~。」
陽菜の声は聞こえてはいたが、今の俺は激しい喪失感に体中が支配され、言葉を発する事が出来ない。
こんなにも、アイツにぞっこんの陽菜の心の中に、俺の入り込む余地など残されていない。
何もかもが遅かった。
もっと早くに、陽菜に思いを伝えていたら、こんな結末を迎える事は無かったかもしれない。
だけど、今更後悔した所で、余計惨めになるだけだ。
これ以上、この場には居たくない。
俺は逃げる様に教室を飛び出した。
途中廊下で、女子生徒とぶつかった。
彼女は一言俺に何か言いたそうだったが、俺は足を止めなかった。
一刻も早く学校から去りたい、一人になりたいと言う思いで一杯だった。
学校を飛び出し、一心不乱に走り、辿り着いたのは子供の頃に陽菜とよく一緒に遊んだ公園だった。
どうしてまた俺は、陽菜を思い出す様な場所に来てしまったんだ。
自分の未練がましさには、ほとほと呆れてしまう。
あの頃を思い出して、どんなに懐かしんだ所で、最早どうにもならないのに。
俺はブランコに腰掛け、誰も乗っていない、隣のブランコに視線を向けた。
そこにはもう、笑顔で俺に笑い掛けてくれる陽菜の姿は無い。
子供の頃、陽菜とは二人でよくブランコで遊んだっけな。
陽菜はブランコに乗る度に、どっちが高くまで漕げるか勝負だよと張り切って必死にブランコを漕ぐけど、漕ぐのが下手で結局一度も俺に勝てなかったんだよな。
勝負に負けると必ず、頬を膨らませて、翔の意地悪~って言ってたっけな。
その顔が見たくて、俺もついつい向きになってたんだよな。
もう、あの顔が見られないと思うと、何だか寂しいな。
こんな事になるって分かってたら、わざと一回でも負けてやって、陽菜の喜んだ顔も見ておきたかったな。
陽菜と共に過ごした思い出が蘇り、止め処無く涙が溢れた。
同時に、何も行動を起こさなかった自分に対しての激しい怒りが込み上げて来た。
この怒りはどうしたら治まるだろうか。
俺はブランコを全力で漕いだ。
もっと高く。もっと高く。
目まぐるしく移ろう景色と、体を動かして心拍数が上がった影響か、ほんの僅かではあるが気が紛れた。
「そう言えば、廊下でぶつかった彼女は大丈夫だったかな。
ぶつかっておいて何も言わずに逃げる様な形になったから、今頃きっと怒ってるだろうな。
明日、朝一で謝っておこう。
確か彼女は隣のクラスの、名前は何て言ったっけかな・・・
何せ一度も話た事が無かったかなぁ・・・
幽霊みたいに存在感の無い子だったから、尚更思い出せないな・・・
!?そうだ!思い出した!
苗字は遠村だ!遠村七海だ!」




