63話 Cecil
僕は真っ暗闇の中から、希望の光が灯るのを感じた。
"death sower"が七海さんの命を奪うまでに、どれだけの時間が残されているのか分からない。
急いで装置を入手しなければ手遅れになる。
「桃恵先生、霊体になる装置は今何処にあるのですか?」
先生の表情に若干の曇りが見て取れた。
視線も何処か忙しなく動いている。
ややあって先生は重い口を開いた。
「装置はね・・・。さっき話した研究施設の中にあるの。」
「場所が分かっているのでしたこうしちゃ居られません。早速、施設へ急ぎましょう。」
僕はベンチから勢いよく立ち上がった。
そうと分かれば、ここでじっとしてられない。
すると、桃恵先生は逸る気持ちで一杯の僕の手を引いて制止した。
「セシル君気持ちは分かるわ。
これは大きなリスクを伴う危険な賭け。
私が在籍していた時にも、施設への侵入を試みた者が何人か居たわ。
その人達が見つかって、どうなったか分かるかしら?」
「・・・ゴクリ」
「その場で直ぐ銃殺されればまだ幸運な方。
人体実験の材料として、体中バラバラに切断されたり、人で無くなったり・・・。
私も施設にはそう簡単には入れない。
前回、研究所を辞めていた私が、施設に侵入して装置を入手出来たのは、ある人物の協力があったからなの。」
「でしたら、今回もその方に協力を求めましょう!」
「それは出来ないの。」
「どうしてですか?見ず知らずの人の為に、その方が危険を冒してまで、協力するとは考えられないからですか。
その方が何を見返りとして求めるか分かりませんが、僕はどんな事をしてでも、それに応える覚悟はあります。」
「違うの、そうじゃないの。
彼は変わってしまった・・・。きっと、もう誰の声も届かない・・・。」
「どう言う事ですか?」
「・・・・・・。」
桃恵先生は下を向いたまま口を閉ざし、これ以上かつての協力者について語るのを拒んだ。
ここまで重要な話をしてくれた先生に、無理に聞く事は僕には出来なかった。
協力者の事は諦めるしかない。
かと言って、ここで怖気付いて、施設に行くの断念する訳には行かない。
「分かりました。協力者の事に関しては、もうこれ以上尋ねる事はしません。
僕は元々、一人でも研究施設に行くつもりでしたから。」
「気を遣わせてごめんなさい。彼の事を聞かれるのが一番困るから助かるわ。
だけど、近い内に彼は必ずあなたの目の前に現れる。
その時にあなたが私を心の底から恨んだとしても、私はそれを甘んじて受け入れるわ。」
桃恵先生の言葉の裏に隠された真意が分からないだけに、言い知れぬ不気味さを感じる。
何だろうこの感覚は。
先生の真意を知りたいが、僕の無意識の心は何か必死に訴え掛けている。
"知ってはならない・・・。"
今は装置を入手する事だけに専念しよう。
勝手を知らぬ施設に一人で向かうのには一抹の不安があった。
しかし、桃恵先生は七海さんを救う為に、僕と一緒に施設に行くと言ってくれた。
その事が素直に嬉しく、そして何より心強かった。
あまり考えたくは無いが、七海さんに会えるのはこれが最後になるかもしれない。
施設に向かう前に、もう一度だけ病室で眠る彼女の顔を見ておきたい。
自分から先生を急かせていたのに、それが単に僕の我儘だと言う事は重々承知していた。
先生も僕の気持ちを察して、そんな我儘を受け入れてくた。
私は車を病院の前に回しておくから、早く彼女の元に行ってあげてと背中を押してくれたのだ。
僕は様々な思いを胸に病院の階段を上った。
そして、彼女が眠る病室の扉を開けた。
すると、そこには、陽菜さんの姿があった。
「ど、どうして陽菜さんがここに居るんですか?」
病室に陽菜さんが居る事を全く予想していなかった僕は、自分でもどうしてこんな言葉が口を衝いて出たのか分からない。
陽菜さんが七海さんの事を心配して、お見舞いに来た事に、何の不思議も無い。
「どうしてって、七海ちゃんが心配だからに決まってるじゃな~い。
それとも、何かな~。私が来たらまずかったのかな~。
もしかしてセシルくん。二人きりになったのを良い事に、七海ちゃんに何か良からぬ事しようとしてたのかな~?
ダメだよ!幾ら二人が両想いだからってそんな事しちゃ~」
陽菜さんは肩をすくめ、やれやれといったポーズで、僕に冷ややかな視線を送った。
「ち、違いますよ!僕は最後に七海さんの顔を見に来ただけです!」
陽菜さんの表情から、さっきまでの冗談っぽさが消え、強張った様な表情に変わっていた。
そこで僕は、はっとした。何て馬鹿なんだろう。
陽菜さんに余計な心配をさせる様な事を口走ってしまった。
「セシル君。何があったのか、ちゃんと私の目を見て正直に話して。」
その澄んだ瞳からは、一切の嘘や誤魔化しを許さないという強い意志が読み取れた。
全てを見透かす様なその視線に僕は逆らう事が出来なかった。
僕は陽菜さんに、何もかも包み隠さず、此処に至るまでの経緯を説明した。
陽菜さんは、時に驚き、時に涙し、僕の話に聞き入った。
全ての話を聞き終えた陽菜さんは、力強く握り締めた両手の拳を胸の前まで上げて言った。
「私も行く!!!」
僕の説明が足りなかったのだろうか。
施設内でもし捕まった場合の危険性につて、正確に伝えられてなかったのだろうか。
「陽菜さん。お気持ちは嬉しいですが、これがどんなに危険な事なのか分かってますか?
僕はそんな所にあなたを連れて行く訳には行きません。」
「私だって、とっても危険な事だって位、ちゃんと分かってる!
それでも、ただじっと待つだけなんて出来ない!七海ちゃんを助けたいの!
だって、このままだと七海ちゃんが可哀想過ぎるよ・・・。
今までずっと、ずーっと、苦しくて苦しくて、胸が張り裂けそうで、それでもやっと、幸せを手に出来ると思った矢先に、こんな事になるなんて!
私、行かないで後悔するのだけは絶対に嫌!
誰が何と言おうと一緒に行くんだから!」
七海さんの強い覚悟に僕は根負けした。
それは無謀などでは無く、勇敢さだ。
強い思いは時として、奇跡を呼び込む。
その考えは、僕が元の世界に居た時の経験から得たものだ。
窮地に立たされた時、その覚悟の大きさが何度も戦況を変えた。
その思いは周りにも伝染し、普段の何倍もの力を発揮する。
それは油断すれば、失う恐怖に支配されそうな今の僕が、一番欲っしていたもの。
「分かりました。陽菜さん。一緒に行きましょう!」




