58話 Cecil
七海さんとの約束の日の朝、目覚ましの時間より早く目覚めた僕は窓の外を見た。
外は昨日までの快晴が嘘の様な生憎の曇り空だった。
だからと言って僕の気持ちが沈む事は無かった。
七海さんとは見門駅の時計台の下で9時に待ち合わせをしていたから、それまでにはまだ時間がある。
昨日、陽菜さんから女性と二人きりで出掛ける事をこの世界ではデートだと聞いた。
僕には初体験の事だったので、陽菜さんは色々とアドバイスをくれた。
『七海ちゃんの方から二人きりで会いたいって言ったんだから、絶対に七海ちゃんは、セシル君を一人の男の子として大好きなんだよ~。
頃合を見計らって、さり気なく横に並んでセシル君の方から手を繋いであげると、七海ちゃんも喜ぶと思うんだな~。
だからと言って、会っていきなり手を繋ごうとしちゃダメだよ。七海ちゃんも驚くだろうから、様子を見てくれぐれもさり気なくだよ。』
『しかし、七海さんは本当に僕に好意を持ってくれているんでしょうか?
今までだってそんな素振りを見せた事もありませんでしたし、言葉ではっきりとそう言われた訳でも無いので。』
『も~、セシル君ったら、もっと自分に自信持たなきゃダメだよ~。
思い込みってのも時に恋愛では、すんっごい力を発揮するんだよ~。
こと恋愛に関して、私の女の勘は今まで外れた事が無いんだから間違い無いわ。
えっへん!
もし、デート中に困った事があったら何時でも私に連絡して。二人が上手く行く様にアドバイスしてあげるから。』
『ありがとう御座います。それは心強いです。』
『それとね、デートの終盤には、今日の思い出にって言って、何かプレゼントを買って渡して上げると七海ちゃん喜ぶと思うな~。
私もね、昔、翔と一緒に花火大会に行った時、出店で買って貰った、不気味な唸る様な低い声で鳴く、グロテスクで可愛さの欠片も無いニワトリのゴム人形を今でも大切に持ってるんだよ~。』
『陽菜さんはデートの経験が豊富なんですね。』
『も~、言わせないでよ。私だってデートと言えるのは中学の頃に翔と花火大会に行った位なのよ。
その時はお互い付き合って無くて、只の仲の良い幼馴染としてだったんだから。
偉そうな事言っても私も本当はデートの経験なんて殆ど無いに等しいの。友達から彼氏とのデートの話を聞いて色々と想像してただけです~。』
陽菜さんは頬を膨らませながら悪戯っぽく言った。
僕は陽菜さんからの援護は余り期待出来ないと悟った。
さて、そろそろ着替えるとしよう。
デートの話が決まった時、陽菜さんに報告したら、服は何を着て行くのか聞かれた。
僕は、いつ何時、敵が現れるか分からないから、動きやすい半袖、短パンの体操服を着て行くと言ったら猛反対されてしまった。
その事もあって昨日は陽菜さんに付き合って貰い、服を買いに行った。
行く先々で僕はお店のモデルになって貰えないかと頼まれ、断り切れずに写真撮影に応じた。
撮影の為に店員の方が選ぶ服はどれも格好良く、鏡に映る自分の姿を見て、服を変えただけなのに、自分が自分で無い様に思えた。
デートの服のコーディネートは陽菜さんが私に任せてと自信を持ってそう言ってくれたので、僕は一任する事にした。
しかし、そのファッションセンスは、お洒落に疎い僕から見ても独特である事が見て取れた。
彼女は試着した僕の姿を見てしたり顔で自信たっぷりだった。
彼女が選んだ服は、上は真っ白なフリースに、愛らしい笑顔で手を振るトラのアプリコットをあしらった服で、下は所狭しとテディベアがプリントされたピンク色の丈の短いズボンだった。
陽菜さんは愛らしいトラとテディベアに対して、可愛い過ぎる~と目を輝かせながら称賛の拍手を送った。
僕は鏡に映る自分の姿を見て唖然とした。これを着て七海さんと歩く姿を想像すると、恥ずかしさが込み上げて来た。
折角選んで貰って、陽菜さんには申し訳無いが、ここは店員さんの意見を聞くのが一番だ。
僕は結局店員さんがコーディネートしてくれた服を購入し店を出た。
陽菜さんは店を出てからも、あの服の方が似合ってたのにと頻りに繰り返していた。
午前中服選びに付き合ってくれた陽菜さんに僕は昼食を御馳走する事にした。
陽菜さんは料理を食べ終わると、午後から友達と約束があるからここで別れましょうと言って去って行った。
陽菜さんと別れた後の僕は、ある物を探していた。
それは、明日のデートの最後に七海さんにプレゼントしようと決めていた物だ。
幾つものお店を探して、やっと目的の物が見つかった。
このプレゼントに七海さんは喜んでくれるだろうか。
僕は昨日買った服に袖を通し、ポケットの中には例のプレゼントを入れ、家を出た。
逸る気持ちが抑えられず、約束の時間の30分前に到着した。
駅の時計台の前に、ツバの広い麦わら帽子を被り、胸元に赤いリボンの付いた真っ白なワンピースを着て俯き加減で佇む女性の姿が見えた。
離れた場所からでも分かる、その儚げで美しい姿に僕は目を奪われた。
約束の時間より早く着いたものの、これと言って時間の潰し方が何も思い浮かばない。
取り敢えず約束の時計台の下で七海さんが来るのを待つ事にしよう。
時計台の近くに来た時、僕の気配を感じたワンピースの女性がちょこんと顔を上げた。
「えっ・・・、七海さん?」
「セシルくん!?・・・だよね?」
「ええ。そうです。」
「・・・ごめんなさい。驚いちゃって、つい、馴れ馴れしく名前で呼んじゃった。」
「寧ろ僕は七海さんが名前で呼んでくれて嬉しいんですよ。」
僕は今まで、七海さんにこうしてちゃんと、名前で呼ばれた事が無かった。
細やかな事だけど今、飛び上がる程嬉しい。
「普段の制服姿しか見て無かったから、驚きました。七海さん、見違えました。何と言いますか・・・、えっと凄く・・・、凄く綺麗です。」
七海さんは頬を赤く染めて恥ずかし気に俯いた。
「お世辞でも嬉しい。こんな曇り空だけど、お気に入りの白いワンピースを選んで良かった。
・・・セシル君も・・・、セシル君もね、今日はいつも以上に素敵だと思うの。」
こんな感覚初めてだ。何だかくすぐったい様な、恥ずかしい様な。
多分今の僕は七海さん以上に顔が赤くなっている事だろう。
「まだ約束の30分も前なのに、七海さんはいつからここに居たんですか?」
「私も実はさっき来たとこなの。約束の時間より早く来てしまうのは、昔から約束が不安で恐くて・・・
今まで約束を交わしたり、待ってた人は結局戻って来なかったから。
だから私さえ、もっと早くから待ってたら、会えたんじゃないかって思っちゃって。」
「僕は七海さんとの約束は必ず守ります。だから、安心して下さい。」
「だったら一つだけでいいから約束して・・・。ううん、やっぱりそんな我儘言えない。
それより、今日行きたい場所って言うのは海なの。
私の七海って名前の由来、Seven Seasは世界の海、そこから生命が生まれ、いつか帰る場所。
お父さんとお母さんは大袈裟だけど、世界中の人から愛される清らかな心を持った子に育って欲しいって思いで、私にそう名付けたって言ってた。
それでね、今日はセシル君と、あの日お父さんとお母さんと行くはずたっだ海を一緒に見たいと思ったの。
前から疑問に思ってたんだけど、セシル君って名前には、ご両親のどんな思いが込められてるのかな?」
「名前の意味ですか・・・。僕の世界では、名前は神から与えられる物です。ですから、そこに込められた意味は神のみぞ知ると言いましょうか・・・。」
「そう・・・。だったら尚更、あなたの名前には何か特別な意味がありそうね。
あっ、もうこんな時間。そろそろ電車が来るから行きましょう。」




