48話 安里翔
新たに魔王と言う、心強い仲間が出来て、俺とアリシアは大いに喜んだ。
魔王の年長者としての精神的支えは計り知れない。
イワンなどは魔王が生きた300年から見ればひよっこに過ぎない。
最早、イワンの年長者であると言う唯一の存在意義は失われつつあった。
そう言えばイワンは逃げたまま戻って来ないな。
まあこの村は安全だし、放っておいても大丈夫だよな。
「魔王。石板には何て書いてあったんだ?」
「私も内容の全てを理解出来た訳では無いが、そうだな・・・。では、石板の内容と、私が魔王となって得た知識を君達に少し話すとしよう。
まず、ゲートはやはり、ヴァリア城に存在する。そして、ヴァリア城とその周辺の町は君も気付いたと思うが、既に魔物の手に落ちている。」
「そうだとしても、どうして城や町には人っ子一人居なかったんだ?」
「これはあくまでも私の推測だが、戦いの痕跡が見当たらなかった事から、何らかの方法で、存在それ自体を一瞬にして消された可能性が考えられる。
この世界の今居る人間達は、300年前に何も無い所からある日突然現れたのだ。それが出来るのなら消す事とて容易に出来る筈。」
「もし、そんな事が本当に起こってたんなら、神様みたいな事が出来る存在にどうやって立ち向かえば良いんだよ。完全にお手上げだよ。」
「いいや、そうとも言い切れない。私は、私自身のコピーを今までに見た事が無い。
つまり、希望的観測ではあるが、この世界の人間で無い私と君はコピーする事も消し去る事も出来ないのでは無いだろうか?」
「そんなのたまたまアンタがコピーされなかったってだけの事じゃ無いのか。」
「そうかも知れない。しかし、ヴァリア城が制圧された今、このまま何も動けないままだと、状況はもっと悪くなるかもしれない。」
「それは分かるけど、それにしても、こうやって人間をコピーしたり消したり出来るのは一体どんな魔物なんだよ?」
「分からない。それが魔物であるのかも疑問だ。
しかし、一連の状況から考えて、三つの可能性が考えられる。
第一に魔物の中にその様な力を持つ者が存在する。第二に魔物とは別の者が魔物と協力関係を結び力を貸している。第三にその者が魔物を支配下に置いている。」
「どれにしても、絶望的な状況は変わらないじゃんか。
それにゲートを見つけたからって何処に繋がってるかも分からないんだよな?
ゲートの先の向かうべき世界って所が魔物の群れの中だったり、宇宙だったりしたら即死じゃないか。やっぱり行くの嫌だよ!」
「そうよ!魔王!私も翔をそんな危険なゲートに送り出すなんて出来ない!」
「しかしだな・・・」
「良いんだ、アリシア。もう心配しないでくれ。俺はやっと自らに与えられた使命に気付く事が出来たんだ。
俺は決意したぞ。これからは、モンスター村で、一人の立派なモンスターとして畑仕事をして村を復興させる事にこの生涯を捧げるぞ!」
「・・・翔。確かにそれは立派な心意気かもしれない。だけどそれは私でも何か違うんだって分かるわ。」
「彼女の言う通りだ。君には君にしか出来ない、もっと別の大切な使命がある筈だ!」
「やっとこの世界での生活にも少し慣れて来たのに、ゲートの先が知ってる人が誰も居ない危険地帯だった時は取返しが付かないじゃないか。
自由に行き来が出来るんなら少しは考えてやっても良いけど、もしそうじゃ無かったら絶対行かないからな!
それに行ったからって、この世界がどう変わるかも分からないんだ!」
「石板の記述によると、この世界、そして君が元いた世界に干渉出来る存在がいる場所に近付く事が出来るとあった。そこから先の結果は君の行動次第だ。」
「それでも嫌だったら嫌だ!」
"ペチャン"
俺はいきなり背後からへなちょこなビンタを喰らった。
後ろを振り返るとそこにはイワンの姿があった。
「何してくれてんだよ!それに普通ビンタって正面から堂々とするものだろう!何こそこそと背後から近付いてビンタすんだよ!」
「黙れ!情けないぞ翔!お前はこの旅で今まで一体何を学んで来たんだ!
お前に希望を抱いているのは俺達三人だけじゃ無いんだぞ。今まで出会って来た人間やモンスター。そして、これから先、出会うであろう者も皆、お前にこの世界の命運を託しているんだぞ。
これまでの旅をよく思い出してみろ!
全人類が希望を失い、皆がその瞳に深い絶望を宿していた。しかし、勇者として俺達が現れた事によって、人々の瞳に希望の光が蘇ったんだ!
そんな人達の為にも、お前はこんな所で立ち止まる訳には行かないんだ!」
イワンは熱い目で俺に訴え掛けた。
そもそも世界を恐怖に陥れたのが魔王だと誤解されてるんだから、その誤解を解くのが一番早いんじゃないかと思いつつも、俺は言われるままに、これまでの旅を思い出そうと試みた。
今まで世界を救う何て大それた事など考えた事も無かったし、そもそも当初の旅の目的は人探しの筈だ。
それに加え、今まで俺達は自分達が勇者だって言った覚えも言われた覚えも無かった。
どちらかと言えば、所持金も少なく、いつも店でしつこく強引な値切り交渉を繰り返していたから店をつまみ出されていたんだ。
特に悪知恵の働くイワンは、店内で大声でクレームを言うもんだから、困り果てた店主が渋々和解金を払い、殆どの店が出入り禁止となってしまっていた。
人から歓迎された事など一度も無い。
イワンは自分に酔いしれる為に自分達を勇者に祭り上げているだけだった。
それに俺はこれまでの旅で、逃げ隠れする事しか学んでない奴に偉そうに言われて激しい怒りを覚えた。
「翔!全てイワンの言う通りだわ!私達は人類の最後の希望なのよ!」
アリシアもイワンに負けない程の熱い目を俺に向けて言った。
アリシアはと言えば、これまでの旅で、万引きの癖が抜けず、何度も警備員に連行されていた。
その度に、店員を激しく罵り、世界に対して恨み節を吐き捨てていた程だ。
しかしこの時、アリシアの脳内ではこれまで虐げられて来た悪い記憶が、イワンの語った紛い物の美しい記憶に塗り替えられてしまっていたのだ。
アリシアとイワンは自分達はその両肩に全人類の希望を背負っているといった、逞しい顔付きへと変わっていた。
何も知らない魔王は、その背負っている物の重さに負けず、立派に立つ二人の凛とした姿を大いに褒め称えた。
俺はここまで見事に自らの記憶を改竄出来るのは寧ろ羨ましいとさえ思えた。
「アリシア、イワン。二人共よく考えてみろよ。そもそも俺達の旅の目的はセシルを探す事だったんだぜ。完全に目的を見失ってるじゃないか!」
「何言っているんだ翔!俺達の旅の目的は世界を救う事だ!それ以上でもそれ以下でも無い!」
イワンは尚も熱い視線を此方に向けて言った。
アリシアはその言葉に大きく頷き、イワンに同意している様子だった。
「分かったよ!行けば良いんだろ!」