45話 Cecil
「僕は何を信じたら良いか分かりません。
例え桃恵先生がこの先、敵になるかもしれないとしても、僕は今ここにいるみんなを信じたい。
だから、それまではお互いに協力して、信じ合う事は出来ませんか?」
「ありがとうセシル君。こんな私を信じるって言ってくれて。
私は盲目に自分の願いを叶えようとする余り、大切なものを見失ってしまってたかもしれないわ。
そうね。私達はゲートを探すって目的は一緒だから、これからもお互い協力しましょう。」
桃恵先生の言葉が純粋に嬉しかった。
僕は桃恵先生を疑わなくて良いんだ。
きっと僕達だけでは、ここまでの真相に辿り着く事は出来なかっただろう。
桃恵先生がいつでも僕達に手を差し伸べてくれて、陰ながら助けてくれたお陰だ。
陽菜さんは、桃恵先生に駆け寄って、抱き着きながら嬉しそうに言った。
「私も桃恵先生と争うのは嫌だったから恐かったんですよ。だから元通り戻れて本当に良かった。」
七海さんもその様子を横で見て、笑顔で陽菜ちゃん良かったねと小さく呟いた。
桃恵先生にはまだ聞きたい事があったけど、今日は困らせる様な質問をするのは止めておこう。
また日を改めて聞く事にしよう。
「ねえ聞いて。私一つ思い出した事があるの。」
七海さんが徐に口を開いた。
「何を思い出したんですか。」
「おじいちゃんは病床で無くなる寸前まで本の原稿を書いてたの。
それは、ANOTHER WORLD STORIESへと繋がる物語って言ってたの。」
「その原稿は今何処にあるんですか?」
「私の部屋にあったと思う。」
「でしたら、今からみんなで七海さんの家に向かいましょう!」
「ごめんなさい。みんなで行くとおばさんが気を悪くするから、学校の近くの公園で待ってて。すぐに取ってくるから。」
「分かりました。」
七海さんの含みのある言い方が気になった。
実の両親は既に他界し、遠縁の親戚の家で暮らしていると前に話してくれていたが、その家族とは上手く行っているのだろうか。
七海さんは僕達と別れて、家に向かって走って行った。
七海さんを見送って、僕達も公園に向かって歩き始めた。
すると、歩き始めて直ぐに、桃恵先生の携帯が鳴った。
電話を終えた桃恵先生は、急用が出来たと言い残して去って行った。
僕は七海さんと二人で再び、公園へと向かって歩き出した。
「セシルくんってさ~、七海ちゃんの事どう思ってるの?」
陽菜さんが下から僕を見上げて揶揄う様に言った。
「何かと力になってくれるし、信頼出来る良い人だと思います。」
「そういう意味じゃ無くて、好きかどうかだよ~。」
「それは勿論好きですよ。七海さんも陽菜さんも桃恵先生も、一さんも、僕は皆さん大好きですよ。」
「ありがとう!でも違うの!そうじゃ無くて、他の誰とも違う特別な好きって想いだよ~。」
「そっ・・・、それは・・・」
陽菜さんの洞察力にはいつも驚かされる。
僕は近頃では、元の世界に戻る事よりも、七海さんの事を考える時間の方が多くなっていた。
今まで、戦いの中に生きて来て、こんなに誰かの事を考えたるする事など無かった。
頭の中がその人の事で一杯になってしまう。これが人を愛するという事なのだろうか。
もしそうだとしても、僕は訳も分からず、気が付いたらこの世界に居たのだ。
いつまた、訳の分からないまま消えてしまう可能性だってある。
そんな僕が、一方的な勝手な想いを、彼女に伝えても、きっと困らせるだけだ。
「私の勘が正しければね、七海ちゃもセシルくんの事好きだと思うんだ~。
だからね。もし、セシルくんが元の世界に戻るって時が来たら、七海ちゃんだけには、ちゃんとお別れを言ってあげて。」
七海さんが、僕の事を特別な存在だと想ってくれているかもしれないなど、考えもしなかった。
でも、そんな素振りは一切無かったから、それは希望的観測なだけかもしれない。
だけどもし、七海さんが僕の事を好だと思ってくれていたら、どんなに嬉しい事だろう。
公園に到着すると、七海さんはブランコに座り、ぼんやりと枯葉が風に吹かれるのを眺めていた。
「この公園にね、子供の頃よく翔と遊びに来てたんだ~。
翔ったら酷かったんだよ~。
自分から、かくれんぼしようって言っておいて、ちょっと探して私が見つからないと、一人で楽しそうにブランコで遊び始めるんだよ~。
私が怒って出てくと、陽菜みーつけたって笑いながら言うの。も~、信じらんないでしょ~。
でも、ちゃんとカッコいい所もあったんだよ。
小学校の低学年の頃にね、柔道をしてる年上のガキ大将に、私がいじめられてる時なんか、必死に立ち向かってくれたんだよ。
体中傷だらけでボロボロになりながら、何度投げ飛ばされても、決して負けを認めずに何度も何度も立ち上がってくれたんだ~。
相手が二度と私に手を出さないって約束するまで、必死に食らい付いてくれてた。
それでね、結局ガキ大将の方が、翔に根負けして逃げてったの。
その時にね、翔が自分の方がいっぱい血も出て痛そうなのに、笑いながら陽菜、大丈夫かって言うんだよ。
あの時、痛いの我慢して、私を心配させまいと、無理して作った笑顔。これから先も私、ずーっと忘れない。
今はどこに居っちゃったか分からないけど、元気にしてるかな。ご両親みたいに記憶が無くなったりして、私の事、忘れて無いかな?ちゃんと憶えててくれてるかな?
ううん。やっぱり、生きててくれたら、それだけで十分。」
「きっと翔さんなら大丈夫ですよ!陽菜さんに会う為に今も必死に頑張ってる筈ですから!」
「うん。セシルくん、ありがとう・・・」