40話 Cecil
七海さんの告白は僕と陽菜さんに大きな衝撃を与えた。
七海さんが嘘をついているとは思えないが、それでもまだ僕は信じられずにいた。
あの時教室に居たという事は、桃恵先生は僕と翔さんが入れ替わる事を事前に知っていたのだろうか。
僕達に協力してくれていたのには何か裏があるのか。
桃恵先生を疑いたく無い。
その気持ちは陽菜さんも一緒だった。
「そんな・・・ウソでしょ・・・。
だって桃恵先生はいつだって私達の味方だったんだよ?」
「僕も信じられません。
もしかしたら、七海さんの見間違いって可能性はありませんか?」
「ううん。あれは見間違いじゃない。
桃恵先生がいつも身に着けている珍しい柄のペンダントもはっきり見えたから。」
「そうですか・・・」
「セシルくんどうする?
桃恵先生に事実関係を確認する?」
「僕はこの件を桃恵先生に問い質すのは得策じゃないと思います。
桃恵先生が僕達に話せなかったのには何か理由があるかもしれません。
それともう一つ、この事はあまり考えたく無いのですが・・・
もし仮に僕達に対して、密かに悪意を持っているのであれば警戒される恐れがあります。
暫くは桃恵先生の出方を伺いつつ、これまで通りの関係を続けましょう。」
「そうね。今はお互いが疑心暗鬼になってはダメだよね。」
「そうですね。この事は今は忘れましょう。」
僕自身これ以上桃恵先生を疑う事に耐えられなかった。
いつでも話すチャンスはあった筈なのに、どうして桃恵先生は今までこんな大事な事を話してくれなかったんだろう。
その理由が知りたい反面、知るのが恐かった。
「実は七海さんに聞きたい事があるんです。
亡くなられたおじいさんが監督を務められた映画。
"ANOTHER WORLD STORIES"について、おじいさんから何か聞いている事はありませんか。
些細な事でも良いのでストーリーでも何でも思い出す事があれば教えて下さい。」
「そうね・・・
私も映画を観たのが随分昔で、記憶が曖昧なの。
あの映画はおじいちゃんの遺作で、二部構成の物語。
私が知ってるのは一部だけ。
一部は勇者の冒険譚。
色々な人との出会いや別れを経験して、一人の少年が立派な勇者へと成長して、世界を救ってハッピーエンドを迎えるの。
だけど、最初の構想では一部のラストはハッピーエンドじゃ無かったと思う。」
「えっ!?最初の構想って一体どんな物だったんですか?」
「ごめんなさい。初期のシナリオで勇者が迎えた結末は、私にも教えてくれなかったの。
おじいちゃんは、その結末で進めるべきかどうか、ずっと悩み苦しんでた。
その様子を見ていると、まるでその結末を、おじいちゃん自身が望んで考えたんじゃ無いって思える程だった。」
「そうだったんですね・・・」
「その苦しんでた時期に、おじいちゃんが珍しく、昔話をしてくれたの・・・
『この作品は、儂の監督人生の集大成じゃ。
思えば、儂はこの作品を作る為に、映画監督を志そうと思ったんじゃ。
これから結末は変えるかもしれぬが、それでも儂は彼との約束を果たせたと言えるじゃろうか?
七海。お前がまだ幼い頃、寝る前によく話してやった勇者の冒険物語。憶えているか?
儂は救いの無いバットエンドが大嫌いで、希望の持てるハッピーエンドが好きじゃった。
お前は、物語に登場する勇者が大好きで、勇者が悲しむ時には一緒になって悲しみ、勇者が喜ぶ時には一緒になってベッドを飛び跳ねて喜んでおったな。
どんな困難にも負けず、人々に勇気と希望を与える勇者。
いつの日かきっと、お前の前にも勇者が現れて、素敵な冒険に一緒に連れて行ってくれると言ったら、いつ来るの?って目を輝かせて言うもんだから、儂はその度に冷や汗をかいてたんじゃぞ。
もし本当に、お前の前に勇者が現れたら、その時は彼にこう伝えてくれ・・・
"ANOTHER WORLD STORIES"は只の映画では無い。
ここには、ヒントでは無く、幾つかある中の一つの答えを残したと。』
そう言っておじいちゃんは、何かに取り憑かれた様に、シナリオを書き直し始めたの。」