38話 安里翔
魔王が怒っていない事に安心した俺は、借りていた剣を魔王に返した。
「魔王、アンタはこれからどうするんだ?」
「私は再びヴァリア城へ向かう。何か嫌な予感がするからな。」
「そうか・・・。その前にアンタに見て貰いたい物があるんだ。ここに居たらまた騒ぎになるから、町の外で少し待っててくれないか?」
「いいだろう。私も君に話しておかなければならない事があったから丁度良かった。」
俺とアリシアは家に戻り、アルバムを鞄に詰め始めた。
「ねぇ翔。魔王って実際に話してみると案外、口調も柔らかいし、穏やかな人なんだね。」
「そうなんだ。何度も俺を助けてくれたし、大切な剣も貸してくれたからなぁ。
それに魔物達からみんなを守ってるし、悪い奴にはどうしても見えないんだよなぁ。」
「私達人間と魔王との間にどうしてこんな誤解が生まれたんだろうね。」
「それは多分・・・」
俺はそこで思わず言葉を飲み込んだ。
不確かな情報でアリシアを不安にさせたく無かった。
この世界を意のままに支配出来るかもしれない存在が居るなど、とてもでは無いが言い出せなかった。
「それじゃアルバムも準備出来たし、魔王も待ってる事だし急ぎましょうか。」
「待ってくれアリシア!イワンはどうする?一応仲間なんだし、連れて行った方が良いんじゃないのか?」
「う~ん・・・。」
アリシアは深く考えている様子だった。
俺自身も、魔王が外で待ってくれてるし、これ以上イワンに構っている余裕も無かったから、このまま置いて行こうかとも考えていた。
連れて行くかどうかの判断はアリシアに委ねるとしよう。
「いつまでも私の家の中に居座られても迷惑だし、ちゃんと見張っておかないと良からぬ事をしそうだから一緒に連れて行きましょう。」
俺とアリシアはイワンも一緒に連れて行く事に決めた。
しかし、いくら名前を叫んでもイワンは出て来ない。
「まったく手間を掛けさせやがって。イワンは一体何処に隠れてんだ?」
「イワーン!遊んでる暇は無いんだから早く出て来なさいよー!」
「あの大きな体だから隠れてる場所も限られてる筈だけどな。」
俺達はイワンが隠れられそうな場所は隈なく探していたから、もうお手上げと言った状況だった。
すると突然、近くでガタンと物音が聞こえた。
音が聞こえた方を辿ると、小さな戸棚が目に留まった。
「まさかいくら何でも、こんな狭いトコには隠れてないだろう。」
俺は疑いつつも音が聞こえた戸棚を開いた。
「ヒッーーーー!」
中から叫び声と共に、三歳児の背丈まで無理矢理体を小さく丸めたイワンが姿を現した。
戸棚の中でイワンは体育座りで目を伏せたままガタガタ震えていた。
「イワン・・・?」
名前を呼ぶと、イワンはゆっくりと顔を上げ、怯えた目で俺達を見た。
「俺達があんなに名前を叫んでたのに、どうして直ぐに出て来なかったんだよ!」
「だって!お前達が、仲間の俺を魔王に売ったんじゃないかと思って出ようにも出れなかったんだよ。」
「何言ってんの?私達がそんな事する訳ないでしょ!アンタそんなに私達を信用して無いワケ?」
「誤解だ、お前達。そうだ!俺は魔王を油断させようとして・・・」
「もう良いよイワン。魔王を待たせてあるから、急いで外に出る準備をしてくれ。」
イワンは文句を言いながらも渋々準備を始めた。
「すまない魔王。随分と待たせてしまって。」
「構わないさ。君の事だから何かとても重要な物を私に見せたかったのだろう?」
「重要かどうかの判断はまだ出来ないんだけど、見て貰いたいのはこの写真なんだ。」
俺は鞄からアルバムを取り出し、記念碑が写されたページを魔王に見せた。
魔王は静かに記念碑に書かれた文字を目で追っていた。
「アンタはこれに書かれてる内容が分かるか?」
「・・・・・」
魔王は俺の質問に答える事無く、無言で目は写真に釘付けとなっていた。
まるで、周りの声など一切聞こえていない様子だった。
魔王の顔色は見る見るうち曇り出し、石碑の文字を読み終えた後、膝から崩れ落ち、その目からは大粒の涙が零れ落ちていた。
唇を噛みしめ、傍から見ても分かる程、どうしようも無い無念さに必死に抗おうとしている様子だった。
魔王の只ならぬ様子に俺は言いようの無い不安を感じた。
「一体これには何が書かれて・・・」
魔王は俺の言葉を遮る様にして、普段の冷静な姿からは想像も出来ない、激しい絶望の籠った叫び声を上げた。
「ウォーーーー!!!
どうしてなんだ!!!
誰か教えてくれ!!!
私がここまで生きて来た300年以上もの、途方も無い長い時間は一体何だったと言うんだ!!!」