37話 安里翔
後ろを振り返ると魔物を素手で払いながら鬼の形相で魔王が追い掛けて来た。
余りの恐ろしさに俺の頭の中から詐欺集団の事などは一切消え去っていた。
俺は重たい鎧と靴を脱ぎ捨て、死に物狂いで走った。
身軽になった事により、何とか魔王との距離を広げる事に成功した。
そして、泊まっていた宿に着くと急いで、アリシアとイワンの部屋のドアを叩いた。
「アリシア、イワン早く起きてくれ!魔王が追ってくるぞ!」
眠たい目を擦りながらアリシアとイワンが部屋から出て来た。
「何の騒ぎだ?」
「急いでくれ!このままでは魔王に追い付かれてしまう!兎に角、アリシア!どこでも良いから今すぐワープ魔法を掛けてくれ!」
「翔、何があったのか事情を説明して!」
階段を駆け上がる大きな足音が聞こえた。
「話している時間は無いんだ!」
「もぉ~!分かったわ!二人とも私に掴まって!」
ワープした先はアリシアの実家のある町だった。
「ここまで来れば安心だな。」
俺はそっと胸を撫で下ろし、流石にここへは魔王も追って来ないだろうと高を括った。
不意にイワンが、ぷっくり膨れた腹をさすりながら言った。
「腹が減ったから、これからアリシアの家に行って朝食としよう。
アリシア!俺は基本、朝はパン派だから、その辺の事も踏まえて、客人としてしっかりと持て成すんだぞ。」
イワンは相変わらず何の役にも立た無い癖に図々しかった。
「よくそんな偉そうな事が言えるわね。あんた、昨日の事も全く反省してないでしょう!」
昨日の一件でアリシアとイワンの関係に亀裂が入っていた。
「二人共、今は喧嘩してる場合じゃないんだ。」
「分かったわよ。こんな所で話すと目立つから、私の家で魔王と何があったのかちゃんと話して頂戴。」
アリシアは家に着くと、俺とイワンをリビングの方へと案内した。
一息ついて、アリシアは朝食の準備をするべく、席を立とうとしていた。
その時、不意に三年前に初めてアリシアの家を訪れた時に見た、家族三人が写った写真が目に飛び込んで来た。
その一枚に俺は何か惹かれる物を感じた。
その写真は記憶を失っていたアリシアが今の両親と初めて出会った時に撮った物だった。
遺跡をバックに調査員と共にアリシアと両親が写っている。
この周りの景色・・・見覚えがある・・・
まさか・・・!?
「アリシア!待ってくれ!この写真どこで撮ったか教えてくれ?」
「ごめんね翔。パパとママもこの写真の事あまり話したがらないから私もよく知らないの。」
「この景色!きっとモンスター村の崩落前の遺跡の写真だ!ここに写ってる特徴的な大木の形、その周りに生えてるイワンが食べてた謎のキノコ!間違いない!」
「オイ、翔。こんな偶然ってあんのか?」
「分からない。だけど、これが偶然じゃ無いとすると、きっと誰かが俺達に何か伝えようとしているんだ!
アリシア!この遺跡で撮った写真は他に無いのか?」
「ちょっと待ってて、お父さんの部屋にアルバムがあるから今持って来るわね。」
アリシアは急いで父親の部屋へと向かった。
そして数分後、大きなアルバムを携えて戻って来た。
「翔。これが私とパパ達が出会った時の写真よ。」
アルバムにはアリシアの両親と遺跡発掘メンバーとが写った写真が沢山収められていた。
アルバムを開きページを捲ると、ある一枚の写真が目に飛び込み、俺は思わずその写真に目を奪われた。
それは、遺跡の内部で撮られたと思われる物で、そこには大きな石碑が写っていた。
俺はその石碑に記された文字を見て、懐かしさから思わず涙が込み上げて来た。
そこには、この世界の文字とは違う"漢字"が使われていたのだ。
俺は涙の溜まった目を擦りながら文字を目で追った。
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
何て書いてあるのか全然読めねぇよ・・・
ふざけた事に、石碑は古文で書かれていたのだ。
「何で現代文で書かないんだよ!
アリシア。この文章を訳した物は何か無いのか?」
「残念だけど、これを解読出来た人は世界中探しても未だに居ないみたい。」
俺の心の中で、さっきまで感じていた漢字への懐かしさは一気に吹き飛んでいた。
こうなっては、時を越えて石碑を古文で書いた奴への怒りを感じずにいられなかった。
「キャーーーー!」
「助けてくれーーーー!」
外から突然、大勢の大きな叫び声が上がった。
俺達は急いで窓から外の様子を確認した。
どうして・・・
何と魔王がこちらに向かって歩いて来ていたのだ。
町の人々は何も無い田舎町に魔王が来る事など、予想だにしておらず、逃げ惑いパニックに陥っていた。
イワンはその様子を見てガタガタ震え出し、家の中をキョロキョロと見回していた。
「アリシア!この家の中に俺が隠れられそうな大きな戸棚は無いか!
モンスター村でも戸棚に隠れていたお陰で敵に見つからなかったから、戸棚が一番安心なんだ!」
「何言ってんの!アンタ腐っても世界を救う勇者パーティーの一員でしょう!
今こそ、昨日の失態を挽回するチャンスじゃない!」
「アリシアお前こそ何言ってるんだ!俺はワープする時に慌てて部屋を飛び出したから斧も薬草も全部宿屋に忘れて来たんだぞ!
今は完全に無防備な丸腰なのに、こんな状態でどうしろって言うんだ!」
「もうイイわ!アンタには初めから何も期待して無いし、魔王が来たら真っ先にアンタの隠れてる場所を教えてやるんだから!」
「何だと!それが長年苦労を共にして来た仲間にする事か!」
「二人共もう止めてくれ!魔王が探しているのは俺だから俺が一人で行く!」
「翔・・・私も一緒に行くわ。」
「ダメだ、魔王の強さは良く知っているだろ?
俺は・・・君には絶対にこんな所で死んで欲しくない。これから訪れる平和な世界で、誰よりもずっと幸せになって欲しいんだ。」
「私だって翔を失いたくない!ここで私達だけ隠れて、あなたがこのまま居なくなったりしたら一生後悔するもん!」
アリシアは俺がいくら言っても一緒に行くと言って聞かない様子だった。
「翔・・・俺は何と言われても行かないからな。」
イワンは大きな体を小さく丸め、身を隠す準備が整いつつあった。
俺とアリシアは家を飛び出し、人混みを搔き分け、魔王の前へと立ちはだかった。
「魔王!どうして俺がこの場所に居るって分かったんだ?」
「はぁー。君はとんでもない馬鹿だったのか?
今朝、スターの説明をしたばかりだろ。」
「馬鹿とは何だ!そもそもスターってのは、いつか役に立つ物であって、それと、その輝きで俺の居場所が・・・あっ・・・」
「君がちゃんとスターを持ってくれていたお陰で、居場所がすぐに分かったって訳さ。」
「翔、アンタって人は・・・」
アリシアは呆れた表情で俺を見つめた。
家を飛び出す時にアリシアに言った熱いセリフが何だか急に恥ずかしくなった。
兎に角カッコいいセリフで誤魔化してアリシアの記憶の上塗りを図ろう。
「俺は逃げも隠れもしない!どこからでもかかって来い魔王!」
魔王が溜め息をつき、疑問の籠った目で俺を見た。
「どうして私が君と戦う必要があるんだ?」
「だってアンタは俺が城から勝手に出てったから、怒ってここまで追い掛けて来たんだろ?」
「怒ってなどいない。君が持ち去った私の剣を返して貰おうと思って追っていただけだ。」
「それなら何であんな怖い顔してたんだよ!」
「君は酷い事を言うなぁ。この顔は生まれつきだ。」