35話 安里翔
次の日の早朝、外はまだ暗い中、隣の部屋で寝ているアリシアとイワンに気付かれない様に俺は身支度を整え、一人ヴァリア城へと向かった。
モンスター村を抜け、城へ続く森を抜ける頃には外はうっすらと明るくなっていた。
城下町入ると、人気の無さと余りの静けさに只ならぬ不安を感じずにはいられなかった。
「この静けさは一体・・・」
恐る恐る町を歩いていると、突然背後から声が聞こえた。
「やっと到着したか。」
振り返るとそこには魔王の姿があった。
魔王は険しい表情をしていた。
「何でこの町には人っ子一人居ないんだ?
それより、どうして俺の居場所が直ぐに分かったんだ?
まさか昨日の晩からずっと、寝ずにここで俺を待ってたのか?」
「フフフ、そうだと言いたいが、私もそこまで暇では無いのでな。
君が私の城から掠め取ったアイテムがあるだろ?」
「アイテム?あぁーっ!あの手裏剣か。人聞きの悪い事を言うなぁ。
あれは床に落ちてたから拾っただけだぞ。
決して盗んだ訳じゃ無いからな!」
「それはどちらでも良い。あのアイテムは私の居た世界の物でスターと言うのだ。
この世界の者には、その姿が見えないが、君にだけにはどうやら見える様だな。
他の者には見えないこのスターの発光によって、私は君の居場所を常に知る事が出来た。」
「そんなGPSみたいな物で今まで監視されてたのか!
気味が悪いからこんな物、今すぐにでも捨ててやる!」
俺はスターを思い切り放り投げようと腕を大きく振りかぶった。
「待て!早まるな!それは貴重なアイテムなんだ!いつか必ず役に立つ時が来る!」
「だったら、あんたが持ってりゃいいだろ。」
「私以外が見る事も触れる事の出来なかったスターに君が触れた瞬間から、どうやらその所有権は君に移った様だ。」
「どんなに役に立っても、ずっと居場所を知られる何て嫌だ!あんたは俺の母親かよ!」
「まあそう文句を言うな。それより、周囲に人の居ないこの状況が気になるんじゃないか?」
俺達が道の真ん中で騒いでいる間も人通りは全く無かった。
この異様とも言える状況に不安が募った。
「一体どう言う事なんだ?」
「色々と聞きたい事もあるだろうから城に向かいながら話すとしよう。」
魔王は俺を先導した。
俺は後れを取らない様に後に続いて歩いた。
魔王は背後に、自分の敵かもしれない俺が居る状況を全く意に介していない様子であった。
仮に後ろから斬り掛かられた所であっさりと返り討ちに出来ると思っているのだろうか。
そんな俺の考えを察してか不意に魔王が口を開いた。
「私が別の世界から来た事。前の魔王を倒した事はモンスター村で聞いたか?」
「ああ。あんたも色々と大変だったんだな。同情するよ。」
「君から同情されるとは可笑しな気分だな。
これは私の思い過ごしかもしれないが、長くこの世界に居て一つ気付いた事がある。」
「何なんだそれは?」
「この世界には私達の目には見えない二つの勢力が存在し、対立関係にあると思うのだ。
第一の勢力は我々に何か伝えようと、各地にメッセージを残そうとしている。
その一方、第二の勢力はそれらのメッセージを消滅させようとしている。
最近の例を挙げると、第一の勢力は遺跡に残したメッセージを一瞬の光の柱によってその場所を我々に伝えようとした。
しかし、第二の勢力がその事に気付き、魔物を使って遺跡を倒壊させてた。
私が魔物の気配を感じ、メッセージの場所に辿り着く頃にはいつも、何らかの形で消されてしまうのだ。」
「もしかして、あんたが魔物を率いてるって言われてるのは、メッセージを追った先に魔物が居て、奴等からメッセージを守ろうとしている姿を人間に仲間だと勘違いされたからなのか?」
「ああ、どうやらその様だ。
私も今の君と同じ様に、人間達は魔物と一緒にいる私の姿を見て、仲間か何かと勘違いしたんだと。長年ずっとそう思っていた。
しかし、最近になって、ある事に気付いたんだよ。」
「ある事?」
「ごく一部の魔物の中には、人間の姿を取る事が出来る者が存在していた。
これは深読みかもしれないが、そう言った奴等が人間社会の裏で暗躍し、何らかの印象操作をしているかもしれないと。」
俺はモンスター村での戦闘を思い出していた。
死に行く兵士の中に数名、薄笑いを浮かべていた奴等が居た事を。
「今回の一件は、もしかして、その第二の勢力の仕業なのか?」
「分からない。しかし、その可能性は高い。それを確かめる為にここへ来たのだ。」
「それなら、初めからそう言ってくれれば良かったのに。
でも、どうして俺だけここに来る様に言ったんだ?」
「どうしても君の力が必要だった。
死ぬ事の出来ない体を得たと言っても魔物の中には私の動きを封じる事が出来る者も存在する。
魔物との戦いに於いては、誰かを守りながら戦う余裕は私には無いからな。
君なら私と肩を並べて戦うだけの秘めたる力があると感じたからだ。」
「俺は自分で言うのも何だが、アンタの足元にも及ばないんだぜ。それなのに、どうしてそう思うんだ?」
「あの時、モンスター村で、軍隊に一人無謀にも特攻する君を見て思ったんだ。
ここまで剣の師を持たず、独力で腕を磨き、実力が上の相手にも果敢に挑むその姿を見て期待せずに居られなかった。」
魔王が俺をそこまで評価しているとは正直思わなかった。
今までの人生で誰からも期待された事なんて無かった。
魔王の言葉で、俺は初めて人から認められて、嬉しくなっていた。
「この町に人が居ないのも、第二の勢力の仕業かもしれない。
ヴァリア城の玉座の方からこれまでに無い強い魔物の気配が漂っている。
そこまで辿り着く事が出来れば、何か分かるかもしれない。
無事にここから二人、生きて帰る事が出来たなら、約束通り私が知るこの世界の事を君に教えよう。
城の入り口はもう直ぐだ!ここからは心して掛かるぞ。いいな!」
魔王の表情が引き締まって行くのを背中越しに強く感じた。
あんなに強い魔王から漂う緊張感を間近で犇々と感じ、俺の緊張も一気に高まった。
その緊張感の後に、俺は自分の体の中で、熱く燃え上がる士気が最高潮に高まって行くのを感じていた。
そして、勇ましく剣を抜こうとしたその時!
俺は重要な事を思い出した。
そう言えば今日は何も持って来ていない・・・
「魔王!ちょっと待ってくれ!
こんな展開になるって聞かされて無かったから、今日は話をするだけと思って手ぶらで来ちゃったんだ!
重くて荷物になる剣なんか持って来て無いんだよ!」
「剣士は常に帯刀しておくものだろう!」
「俺、元々剣士じゃないし、誰も教えてくれなかったから、そんな暗黙のルール知らねーよ!」
魔王は命を賭す覚悟を決めた決死の表情から一転し、呆れを通り越し、予選敗退して甲子園の砂を麻袋に詰める高校球児の様な表情へと、見る見る内に変わって行ったのだった・・・




