33話 Cecil
僕は隣のクラスの生徒から陽菜さんがまだ登校していない事を知らされた。
昨日あんな事があった後だったから僕は激しい不安に駆られた。
そして、事情を確かめるべく、物理室に居る筈の桃恵先生の元へと急いだ。
「桃恵先生!陽菜さんが行方不明になったて本当ですか!?」
桃恵先生は携帯電話から陽菜さんへ電話を掛けている所だった。
「まだ行方不明って決まった訳じゃ無いわ。
私もさっきから何度も電話してるけど、彼女、全然電話に出ないのよ。」
「昨日の事もあるし・・・何か事件に巻き込まれたかもしれません。
僕は今から陽菜さんを探しに行きます!」
「待って!セシル君!
さっき彼女の親御さんから話を聞いたんだけど、昨日家に帰ってから彼女、いつもと様子がおかしかったそうなの。
愛ちゃんを助けるまで帰れないって、そう言ってたみたいなのよ。
ご両親もその時は何の事を言っているのか分からなかったそうなの。
だけど今日の朝、学校から連絡を受けて、彼女の部屋に入ると、小学校の頃からずっと使わずに貯めていた貯金箱が割られてたみたい。
あの後何かあったの?知っている事があったら何でも良いから私にも教えて頂戴。」
「実は・・・」
僕は昨日、桃恵先生達と別れた後の出来事を洗いざらい話した。
ストリートミュージシャンの歌の歌詞のメッセージ。
僕の人生そのままの映画のストーリー。
そして、その映画が僅かな差で終了してしまった事。
桃恵先生は驚く様子も無く、静かに僕の話を聞いた。
そして、話を聞き終えるとゆっくりと口を開いた。
「私はね、去年、陽菜さんのクラスの担任をしてたの。
私の知る限りね、彼女は人一倍責任感が強くて、自分の事は二の次で、いつも他人を優先していたわ。
辛い事があっても決して涙を見せないで、いつも笑顔で居たわ。
苦しい胸の内は決して誰にも見せない。
昨日、そんな彼女が泣き崩れる姿を私は初めて見たわ。」
僕は桃恵先生の話を聞いてはっとさせられた。
そして不甲斐ない自分に堪らなく腹が立った。
僕が辛い時に、いつも元気を与えてくれて、励ましてくれる彼女が、自分を責めて苦しんでいる事を知りながら何もしなかった。
僕は鈍感で、彼女の苦しみを深刻に考えていなかった。
彼女の心をちゃんと理解していれば・・・
こんなんじゃ勇者失格だ。
「思い返せば、確かに陽菜さんは昨日、一緒に帰る時も無理して明るく振舞っている様に見えました。」
「責任感の強い彼女ならきっと、二人が見つかるまで探し続けて家には戻らないつもりだわ。
情報が少ない中、もし彼女が行くとしたら、映画の製作会社、それか映画監督の家って可能性が高いわね。
セシル君、ちょっと待ってて、映画関係の仕事をしてる友達から、監督の住所を聞いてみるわ。」
桃恵先生はそう言うと、携帯電話を片手に奥の部屋へと入って行った。
僕は傷付き、一人彷徨う陽菜さんを想像し、早く見つけて上げて、少しでもその苦しみを和らげてあげたいと強く思った。
数分後、桃恵先生が奥の部屋から住所と地図の書かれたメモを持って戻って来た。
「さっきの映画監督だけど、表舞台に全く姿を見せない人で、本名も年齢も出身も個人情報は何もかも非公開みたいなの。
だけど、私の友達の情報網から何とか本名と住所を掴んだわ。」
「本当ですか!?ありがとう御座います。」
「ここからだと映画の制作会社の方が遠いから私はそこへ車で向かうわ。
幸いにも映画監督の家は、ここから近いから、セシル君、あなたは映画監督の家に向かって頂戴!」
僕は桃恵先生からメモを渡され、急いで物理室を後にした。
物理室を出ると七海さんの姿が目に飛び込んだ。
「こんなに急いでどうしたの?」
「実は陽菜さんが朝から行方不明になってるんです。
僕は今から彼女を探しに行くから、次の授業の先生には早退したって伝えて下さい。」
「私も一緒に行く。」
「えっ!?僕もこの辺りの地理に詳しく無いから、一緒に来て貰えると有難いんだけど、でも、どうして七海さんが?」
「私もあなたと陽菜さんの力になりたい。」
七海さんは真っ直ぐな目で僕を見つめた。
「ありがとう。助かるよ。」
僕と七海さんは地図に書かれた場所の近くまで辿り着いた。
すると、目の前から茫然自失にふらふらと不安定な足取りで歩く陽菜さんを見つけた。
今にも倒れそうな陽菜さんを僕と七海さんは慌てて支えた。
「セシルくん・・・ダメだった。ダメだったよ~。うぇーーーん。」
「一体どうしたんですか?」
「映画監督なら何か知ってると思って、私、必死にその人を探したの。
教えて貰った住所に行くと、そこにはもう、その人は住んで無かった。
家から出て来た人に話を聞くと、十年以上前に、その監督さんは亡くなったって、それに、娘さんも既にこの世を去ってるって・・・
どうして私っていつもこうなんだろう。
何かを手にしようとした時、寸前で目の前から全て零れ落ちてしまう!」
「陽菜さん。きっとまだ道は残されている筈だ。僕達が諦めなければ可能性はゼロじゃない。」
「セシルくん。私、もう頑張れないかも・・・」
こんなに今まで苦しい顔を見せずに頑張って来た陽菜さんに、僕はこれ以上頑張れと言えなかった。
「七海ちゃんも私の事心配して探しに来てくれたんでしょ。ありがとう。」
「私の事は気にしないで。陽菜ちゃんの気持ち、よく分かるから。」
「陽菜さんも今日は疲れたでしょう。家の人も心配してるから一緒に帰ろう。」
「うん。セシルくんにも七海ちゃんにも、いっぱい心配掛けちゃったね。ごめんなさい。」
ふと七海さんが地面に落ちてる何かを見つけた。
それは、僕が陽菜さんを支える時に落とした桃恵先生から預かったメモだった。
七海さんがメモを拾い上げて内容を確認した。
「セシルくん、陽菜ちゃん。二人はここに書かれてる名前の人を探してたの?」
「そうなの。でも結局は無駄足だったみたい。」
「この人知ってる。だって・・・私の死んだお爺ちゃんだもん。」