30話 Cecil
「私の話を最後まで聞いてくれてありがとう。
もう少し一人でここに居たいから、あなたは先に帰ってくれていいよ。」
「でも・・・七海さんを一人置いて行くのは心配だ。」
「お願い。一人にして。」
僕が居る事で、七海さんに少なからず負担を与えるとのでは無いかと感じ、ベンチを立つ事にした。
二三歩歩き出したが、それでも気になり、後ろを振り返った。
一人ベンチに座る七海さんを見ていると、自分の無力さを感じ、何か力になりたいと、そんな思いが沸々と高まった。
「七海さん。どんな事があっても希望を持ち続けるんだ。僕が必ず君をこの苦しみから救って見せる。だって僕は・・・世界を救う勇者だから。」
「勇者って・・・フフフッ。」
七海さんがクスリと笑った。
「私・・・まだ笑えるんだぁ。」
七海さんは両親と親友の死は自分のせいだと、長い間、激しい罪悪感を感じていた。
二度と楽しく笑える日が訪れる事は無いと思っていた。
驚いた表情を見せた後の七海さんの目からは自然と大粒の涙が零れていた。
「ありがとう・・・」
僕は右手の拳を天に突き上げた。
これは強力な敵を倒した直後にいつもしていた行動で、イワンからは最後まで油断するなと注意を受けていた。
僕自身も何で今この行動を取ったのか分からなかった。
ただ、分かるのは七海さんが一瞬でも笑顔になってくれた事が堪らなく嬉しかった事。
今までの僕は世界を守る事を使命だと感じ、戦って来た。
だけど今は、それ以上の使命感を感じていた。
七海さんの笑顔を必ず取り戻す。
再び歩き出し、公園を出る時、微かに七海さんの声が聞こえた様な気がした。
「ありがとう。・・・セシルくん・・・」
公園を出て家の前に着くと、陽菜さんが焦った様子でマンションの入り口の前を行ったり来たりしていた。
「もー!セシルくん、どこ行ってたの。時間が無いみたいだから、兎に角私に付いて来て。」
陽菜さんは携帯電話の地図を見ながら走り出した。
僕も急いで陽菜さんの後を追った。
「陽菜さん。一体どうしたんですか?」
「とっても、とっても、とーっても大変なの。一時間前に桃恵先生から電話があって、お知り合いの研究者の人がこの町で時空の歪みを見つけたんだって。
だけどその歪みは不安定とかで、時間が経つに連れてどんどん小さくなってるみたいなの。
桃恵先生からセシルくんと一茂さんを急いで連れて来てって言われて、一茂さんは私がその事を伝えると血相を変えて出て行ったの。」
「その歪みってもしかして!?」
「そうなの!セシルくん。元の世界に戻れるかもしれないわ。」
暫く森の中を走ると、数メートル先の木々の間にポッカリと空いた黒い穴が目に飛び込んで来た。
穴の横には桃恵先生と、一茂さん、研究者と思しき人の三人が立っていて何やら話をしていた。
「遅いぞ!坊主!やっと到着か。」
「この穴は・・・。僕の元居た世界に繋がっているんですか?」
「それは分からないわ。こんな事初めてだもの。でも、可能性はゼロでは無いわ。」
桃恵先生も徐々に小さく萎んで行く穴を見つめ、焦りを感じていた。
「実際に中に入ってみないと分からないって訳ですね。」
「何を言っているんですか!この穴は非常に不安定で激しいエネルギーが乱流しています。中に入るなど以ての外です。」
科学者はピシャリと言った。
「そんなぁ・・・このまま穴が消えるのを指をくわえて見るしか無いんですか!」
僕達は互いに顔を見つめ、考えあぐねていた。
すると、後ろから木の葉を踏む、小さな足音が耳に飛び込んで来た。
音に気付き、後ろを振り返った陽菜さんが足音の主を見て震える声で言った。
「愛ちゃん・・・どうしてアナタがここに居るの?」




