3話 Cecil
深い森の高台にそびえ立つ石造りの居城。
外敵の侵入を防ぐために、城の周りには、強力な結界が張り巡らされている。
そこに住まう城主は、この世に生きるあらゆる者を、数百年もの長きに渡り、絶望と恐怖を以って支配していた。
誰が最初にそう称したのかは不明だが、彼はいつの頃からか”魔王”と呼ばれた。
人間が束になろうと、傷一つ与える事が出来ない。その圧倒的な力の前では、いかに名立たる歴戦の猛者であろうと、赤子同然となる。この世に生きる者は座して死を待つより外なかった。
しかし、そんな絶望的な状況に一つの光明が差した。勇者セシル。
人々は生きとし生ける者すべての未来を彼に託した。
魔王城の玉座の間。前人未踏のこの地において、まさに今、歴史が動き出そうとしていた。
セシル、アリシア、イワンの三人は、人類代表として、対魔王との、長きに渡る戦いの歴史に、終止符を打たんとしていた。
「あなたは、余りにも多くの人の命を奪った。残された人は、死ぬまでその悲しみを抱えて生きて行かなければならない。もうこれ以上、新たな悲しみが生まれるのを無視出来ない。僕はこの命に代えても、あなたを打ち破り、この悲しみの連鎖を断ち切る。そして、平和な世界を手に入れるんだ!」
セシルは、対峙する魔王に向かい、声の限り叫んだ。
「威勢はいいが、その体は立っているのがやっとであると見える。その様な状態で私に勝てると思っているのか?」
玉座に座したまま、魔王は冷笑した。
目の上が切れているせいで、片目が塞がり、視界がぼやける。脇腹に受けた刀傷から、じっとりとした血が流れた。足元には血溜まりが出来ている。少しでも気を抜くと、すぐにでも意識を失いそうだ。かと言って、背を向ける訳にはいかない。ここまでの道を切り開いてくれた、仲間達の思いも、僕は背負ってるんだ。そうして自らを奮い立たせる。
玉座に辿り着いた時既に、僕達三人は満身創痍だった。
城の結界を解き、城門を抜けると直ぐtに、死霊との戦いが待っていた。
魔王は自らに挑み散った、高名な戦士達の躯に、仮初の魂を与え、使役していたのだ。僕は彼等の名を歴史の教科書でしか見た事が無い。
そんな彼等との、死力を尽くした戦いは、殺るか殺られるかの紙一重だった。
それでも、僕達が辛うじて勝つ事が出来たのは、彼等に人間としての心が残っていたからだ。
しかし、その勝利と引き換えに、僕達は大きな代償を支払う事となった。
魔法使いのアリシアは長時間に渡る戦闘で、魔力が僅かしか残っていない。大斧を装備するイワンはスタミナ切れなのか、足元がふらついている。
そして、僕はと言えば、全身に負った傷のせいで、剣を支えとして歩くのがやっとだ。
そう簡単に、魔王の元には辿り着けないと、覚悟はしていた。しかし魔王が使役する者達が、こんなに強いのは想定外だった。
「ここまで辿り着いたのは褒めてやろう。これだけのダメージを負って尚も、私に挑もうとするのは、勝つ自信があるからか?それともお前達は、相手との力の差が分からぬ愚か者だからか?」
「あなたは強い。だからと言って、ここで引くワケには行かない。力の差が分かった上で、僕はあなたに挑む。そして必ず打ち倒す。勝負は最後まで何があるか、分からないのだから」
「お前が後者の愚か者でなく、安心した。ならば、ささやかではあるが、ここまで来た事への褒美を与えよう」
魔王は掌をこちらに向け、何らかの魔法を放った。
避ける間もなく、僕達三人は、その魔法の光に包まれた。
傷口が見る見るうちに塞がり、体力が回復する。
「これは一体・・・?」
「上位の回復魔法を掛けてやった」
「後悔しても知りませんよ」
「その心配には及ばん。いずれにせよ、お前は、私に傷一つ付ける事が出来ないのだからな」
魔王は玉座からゆっくりと腰を上げた。そして、長い銀髪をかき上げながら、剣を取った。
アリシアとイワンが見守る中、セシルは、玉座への階段を駆け上った。
僕の両親は、僕がまだ幼い頃に、魔王討伐の為、幼い僕を故郷に残して旅立って行った。
父さんは勇者として正義感が強く、常に真っ直ぐな人だった。
母さんは最高位の魔法使いで、誰にでも優しく、いつも戦いで負傷した人達の治療をしていた。
数百年もの長きに渡る、魔王軍との戦いを終結させられるのは、歴代最強であった父さん達のパーティーしかいないと世間は期待した。
しかし、この最強のパーティーは旅立って直ぐに、仲間の裏切りによって全滅した。
人を信じて疑う事を知らない父さんと母さんは、背後から斬られ、魔王と相まみえる事無く、その命を絶たれたのだ。
二人は、これまで多くの町を救った功績から、英雄として埋葬された。
だけど僕は、そんな称号よりも、二人には、もっと生きてて欲しかった。
僕が勇者になろうと思ったきっかけは、父と母の意志を継ぎ、世界に平和をもたらそうと言った、志の高いものでは無かった。二人を手に掛けた下手人を白日の下に晒し、断罪するのが一番の目的だ。
優しい父と母が、個人的に誰かの恨みを買っていたとは思えない。僕はそこで一つの可能性を考えた。
魔王に死なれては困る人間が存在するのかもれない。
だからこそ、魔王を倒しうる可能性があった父と母を、その手に掛けたのではなかろうか。
もし僕が魔王を脅かす存在となったなら、二人を手に掛けた下手人はこちらに接近するかもしれない。期待に反して、ついぞ、下手人は姿を現さなかった。それは、僕が魔王を倒すだけの存在になり得なかったからだろうか。それとも何か別の理由があるのか。
しかし、今の僕にとっては、両親の敵討ちは二の次になっていた。
魔王討伐の旅をする中で、魔物達に苦しむ人々を沢山目にした。家を失った者、家族を失った者。
そこで、父さんと母さんが命を賭して守ろうとしたものが、いかに、かけがえの無いものなのか理解した。今ならはっきりと言える。
『僕は勇者として、魔王を倒し、この世界を平和にするんだ』




