26話 安里翔
時が経つのは早いもので、俺達がモンスター村を目指して三年の月日が流れた。
「翔!そっちにモンスターが行ったわ!」
巨大な三つ目の蜘蛛の様なモンスターが俺を目掛けて突進した。
「任せとけ。今回のモンスターは大した事なさそうだな。アリシア強化魔法は掛けなくても大丈夫そうだ。」
俺はモンスターの突進を難なく躱した。
するとモンスターは直ぐに方向転換をして再度突進を試みた。
二度目の突進も難なく躱せるだろうと思い油断していた。
モンスターは俺との距離を詰めた瞬間を見計らって毒の息を吐いた。
突進は躱せたものの、毒のダメージを受けてしまった。
「翔!今行くぞ!」
イワンが毒消し草を握り締め、俺に手渡した。
毒消し草はイワンの手汗でじっとりとしていた。
こんな毒消し草は死んでも食べたくなかった。
「翔!早く毒消し草を食べるんだ!」
「こんなおっさんの手汗だらけのもの食えるか!」
俺は毒消し草を地面に叩き付けた。
そして毒のダメージを受け、苦しみながらもモンスターに会心の一撃を喰らせた。
モンスターは静かに倒れた。
「アリシア!毒消しの魔法を掛けてくれ!」
俺はアリシアの魔法で無事に回復する事が出来た。
イワンは寂しそうにその様子を遠くから見つめていた。
「翔。イワンが悲しそうにしてるわ。慰めてあげて。」
俺は内心面倒臭いなと思いながら、離れた場所に居るイワンの元へ向かった。
「イワン。今回も毒消し草を渡すタイミングが実に良かった。」
イワンの表情が見る見る内に明るくなって行った。
「そうだろう。ここしか無いと言う絶妙なタイミングだったろう。
草を渡すタイミングは今では誰にも負けない自信があるからな。
お前がモンスターを倒せたのは俺のサポートがあったからだと言う事を、これからもしっかりと肝に銘じておけ。」
俺は段々とこのお調子者のおっさんに腹が立って来た。
暗い顔をされたら周りの雰囲気が悪くなるし、煽てたら煽てたで調子が良くなって憎らしくなる。
大体今となっては、相変わらず四元素の魔法は使えないものの、それ以外の魔法のレベルが上がったアリシアなら、ステータス異常の回復は何でも出来る。
この三年もの間にアリシアの魔法は大幅に成長を遂げた。
俺もまた、剣の腕前は格段に上がり、ボス級のモンスター以外であれば簡単に倒せるまでになった。
それに引き換え、イワンはと言えば、生意気にも前よりも余裕が出て来たのか、草を渡すという唯一の仕事もさぼりがちになっていた。
その癖、ごはんの時には何食わぬ顔で一人で三人前を平らげるものだから俺とアリシアはいつもお腹を空かせていた。
このおっさんにパーティーでの存在意義はあるのだろうか。
「翔!イワン!あそこを見て!」
アリシアが声を上げ、遠くを指差した。
その先を辿って行くとそこには村らしきものがうっすらと見えた。
「あれは・・・モンスター村だ!」
イワンが喜びの声を上げ駆け出した。
「イワン待てよ!一人で走って行っちゃ危ないぞ!村には知能の発達した強いモンスターが沢山居るんだろ?」
しかし、その声はイワンには届いていない様子だった。
俺とアリアは慌ててイワンを追った。
村の入り口の前で不意にイワンの足が止まった。
俺とアリシアも驚きの余り足が止まった。
村の中には無数のモンスターがうじゃうじゃと居たのだ。
「本当にこの中に入るのか?
こんな数のモンスターに襲われたらまず、生きては帰れないぞ。」
俺達三人はモンスター達に気付かれない様にゆっくりと村を離れようとした。
その時。
村の外から帰って来たと思しき、角の生えた小さなモンスターと目が合ってしまった。
ここでこのモンスターが村の中に居るモンスターを呼べば俺達は終わりだ。
その前に何としてでも、ここでこのモンスターを倒すしかない。
"人間?どどどどうしよう?僕に剣を向けてる。怖いよぉ・・・"
「アリシア!イワン!待ってくれ!このモンスター怯えている。」
「何言ってんだ翔!どう見てもこいつは俺達を襲おうとしているだろ!他のモンスターに気付かれない内に早く倒してしまえ!」
俺は目を血走らせて冷静さを失っているイワンを制止した。
俺は以前にレベルアップの為に、イワンから無理矢理ペットショップで、モンスターの虐殺を仕向けられた。
そして、泣き叫ぶモンスターを殺してしまったあの日から、一部のモンスターの声が聞こえる様になっていた。
「大丈夫だよ。俺達は君に危害を加える気は無いから。」
"えっ本当?見逃してくれるの?"
「ああ、見逃すも何も俺達はただ人探しをしているだけだから。」
"おい!そこに居るのは誰だ!"
大きな棍棒を持った角の生えた大型のモンスターが村の中から現れた。
"パパ違うんだ。この人達は僕に危害を加えないって言ってくれてる。"
"そんな事信用出来るか!人間は俺達にいつも敵意を持っているんだぞ!"
「急に村に押し掛けてすみません。でも、俺達はあなた方に敵意を持っている訳ではありません。」
俺の言葉を聞くと、大型のモンスターは驚き、その拍子に手に持っていた棍棒を地面に落とした。
"俺達の言葉が分かるのか?"
「ええ。全てのモンスターという訳には行きませんが、少なくとも、あなた方の声は聞こえます。」
大型のモンスターは初めは予想だにしない出来事に戸惑っている様子であったが、冷静さを取り戻し、俺を見据えてこう言った。
"君が伝説にあった、この世界を変える者なのか"
大型のモンスターは警戒心を解き、俺に正対して静かに右手を俺の肩に乗せた。
その瞬間、彼の手を通じて様々な感情が伝わって来た。
深い悲しみ・絶望感・縋るような思い。
俺は知らず知らずの内に涙を流していた。
"君達の身の安全は保障する。だから、お願いだ。この村の村長に会ってくれないか?"
「ええ。俺達も村の人達に聞きたい事があったんです。是非会わせて下さい。」
大型のモンスターは自分に付いて来る様にと俺達を手招いた。
アリシアとイワンはポカンとした顔でその様子を見ていた。
「翔。どういう事?あなた本当にモンスターの声が聞こえるの?」
「信じて貰えないかもしれないけど、あの日から聞こえる様になったんだ・・・」