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ANOTHER WORLD STORIES  作者: 佳樹
第一部 勇者と高校生
19/75

19話 安里翔

 荒廃した村というのが安里翔が、この村に抱いた第一印象だ。

 すれ違う人も皆一様に暗く沈んだ表情をしている。

 石造りの建物が多く見られたアリシアの村に対して、ここでは茅葺屋根の住居が主となっている。

 魔王の出現により、国同士の争いは激減した。各国は不可侵条約や同盟を結び、魔王討伐を旗標に団結し、仮初の友好関係が今も保たれている。

 ここは、魔王が現れる以前に、戦争によって家を失い、国を追われた難民達によって築かれた村なのである。

 ”来る者拒まず””他人の詮索はするべからず”が、この村の不文律となっている。

 この様な特性の為か、後ろ暗い過去を持つ者や、ならず者が多く居るのも事実である。

 イワンもかつては、この村に身を置いていた時期があったのだと言う。

 「この辺、やたらと魔法教室や剣術教が目立つなぁ」

 「ああ。それは、この村の成り立ちに理由があるんだ。国を奪われた者、家族を奪われた者、平和な日常を奪われた者。それらの奪われし者達によって造られた村だから、自分達の子供には、二度とそんな憂き目に遭わせない為に、自衛の手段として魔法や剣術を習わせる家が多いんだ」

 道端でチャンバラ遊びに興じる男の子や、魔法の杖で地面に落書きをしる女の子の姿が散見される。

 行き交う大人達の多くからは、暗い印象を受けたが、それとは対照的に、子供達からは、快活な印象を受ける。

 「この村には、普通では知り得ない情報も多く入って来る。俺とアリシアはセシルの行方について、探りを入れるから、その間にお前はあそこで剣術を学んでおけ」

 イワンが指差した先にあったのは、今にも潰れそうなボロボロの民家だった。

 玄関先には”ちびっ子わんぱく剣術教室”と幼稚園児が書いた様な下手糞な字の紙が貼られている。

 「絶対この教室の対象年齢低いだろう!俺はちびっ子でもわんぱくでも無いんだ!もっとちゃんとした所で剣術を学ばせてくれ!」

 「初心者はこれくらいで十分だ!ここで剣のいろはをしっかり叩き込んで貰え!」

 「せめて二軒向こうの剣術教室にしてくれ」

 そこにはちゃんとした大人の字で”鏡月流剣術教室”と書かれた立派な木製看板が掛けられている。

 ボロボロの民家の前で擦った揉んだの騒ぎをしていると、家の中から、継ぎ接ぎだらけの麻布の着物を身に纏った小柄なおっさんが飛び出して来た。おっさんに抱き抱えられている猫は、不機嫌そうに低い唸り声を上げ、おっさんの腕の中から逃げようと必死だ。

 「人の家の前で何騒いでんだ!受験生の息子がイライラしてるだろう!」

 おっさんは拳を振り上げながら、捲し立てる様に言った。

 「騒がしくてすまんかった。今日一日でこいつを立派な剣士にしてやってはくれないか?」

 「これはこれは、お客様だと知らず失礼致しました。私の手に掛かれば彼を一日でドラゴンを倒せるまでにして差し上げましょう。本来ですと金貨500枚と言いたい所ですが、特別に金貨300枚でいかがでしょうか?」

 客であると知って、おっさんは先程とは打って変わり、満面の笑みで急にへこへこし出した。

 「余所よりも随分と高いな。しかしドラゴンが倒せる様になるんだったら安いと考えるべきか」

 イワンが金貨の入った麻袋の口を開けると、おっさんはそれを横から首を伸ばしながら、いやらしい目で覗き込んだ。

 俺達の懐具合を見て、まだふんだくれると考えたのだろうか、金貨を更に50枚追加してくれたなら、もっと頑張れると言い出した。これにはアリシアも黙っていなかった。

 「ふざけんじゃないわよ!金貨300枚でも十分高いのに、何であなたの頑張り程度に50枚も追加しないといけないのよ!そんなの貰わないでも金貨300枚分、しっかり精を出しなさい!」

 おっさんはアリシアの剣幕に負け、あっさりと引き下がった。

 イワンから麻袋を奪い取ったアリシアが金貨を差し出すと、おっさんはアリシアを拝みながら、恭しく大金を受け取った。

 「それでは、あとは宜しく頼んだぞ」

 「頑張ってね~翔」

 アリシアとイワンは俺をボロボロの剣術教室に取り残して消えて行った。

 こんなにも欲に塗れ、武士道精神の欠片も無い人間に、教えを乞いたくはなかったが、我慢するより外ない。

 「お主は今日一日私の門下に入るのだから、くれぐれも反抗的な態度は取るではないぞ。最近は反抗的な若者が多いからな。これだけは初めに念を押しておく必要がある」

 「本当に強くしてくれんだろ?だったら反抗なんてしない」

 「最初は皆そう言うのだ。口だけでは信用出来ないから、この書面にサインをしてくれ」

 おっさんは一通の誓約書を持ち出した。

 そこには、こう書かれていた。


  第一条 甲は乙に対し暴力やそれに類する行為の一切を行わないものとする。

  第二条 甲から乙への暴力の兆候が見られた場合、乙は甲に対して金貨500枚を支払うものとする。

  第三条 いかなる理由があろうと、甲は乙に対し、金貨の返還要求を行わない。


 たった一日だけの修行にも関わらず、ここまで周到に用意された誓約書を見ると、今まで数々のトラブルに見舞われたのだと推察された。仕方なく言われるがまま署名する。

 「よし。これで安心して剣術を教えられる。お主は剣の心得は幾らかあるのか?」

 「全くと言っていい程な無いんだ。今までは独学で適当に剣を振ってたんだ」

 「そうか、そうか。それは教え甲斐がありそうだ」

 おっさんは契約書を玄関横の棚の上に置き、傘立ての中から適当な木刀を二本取り出した。木刀の収納場所として、傘立ては果たして合っているのだろうかと些か疑問に思う。それでもここから本格的な剣の修行が始まると思うと胸が高鳴る。

 おっさんが手にした木刀の内の一本をこちらに寄越した。

 「手始めに、お主の実力がどれ程か、手合わせしてやるとするか」

 おっさんは着ていた上着を脱ぎ捨て、その上半身が露わとなる。

 ろくに食事を摂っていないのか、あばらの骨が浮き出ている。一見ひ弱そうに見えるが、その体には無数の傷が刻まれていた。幾つもの死線を潜り抜けて来た事が、本人の口から語られずとも、その傷が物語っている。

 「も、もちろん、俺、初心者だから、手心は加えてくれるよな?」

 「それは難しい相談だ。儂は木刀を手にした瞬間に人が変わってしまうので有名でな。悪いが手加減する補償は出来ない。さあ、構えろ。」

 それらしく構えてみたものの、この構えが正しいのかは勿論、剣の握り方もこれで合っているのかすら分からない。

 おっさんの構える姿には、一切の隙が無く、おっさんを取り囲む空気の流れだけが止まって見える。

  小柄なはずのおっさんが、次第に大きく見え、何処を攻撃しても当たらない気がする。無策で迂闊に飛び込んでしまっては、きっと返り討ちに遭うだろう。

 先に切り込まれては躱す事は出来ない。かと言って、先んじて攻撃を仕掛ける勇気もない。

 飛び掛かったが最後、おっさんの木刀が俺の心臓を貫くイメージが頭を過る。木刀が心臓を貫くなど実際には有り得ないのだが、恐怖に支配された今の俺には、おっさんが余りにも大きな存在に見えて仕方ないのだ。

 「臆病者め。来ないのならこちらから行くぞ」

 痺れを切らしたおっさんが挑発する。

 このまま先手を打たれては返す事は出来ない。

 先に攻撃を仕掛けた方が、おっさんに一太刀だけでも入れられる可能性はある。

 「おりゃーーー!」

 俺は一足飛びに、おっさんの脳天に向けて木刀を振った。

 「ひぃーーー」

 おっさんは恐怖から両目を閉じ、木刀を頭の上にかざして身を守ろうとした。

 しかし、その動きは余りにも鈍重であり、俺の木刀が先に彼の脳天を直撃した。

 おっさんは膝から崩れ落ち、その場に突っ伏した。

 倒れたおっさんの元に、ペットの猫が駆け寄り、親の仇といわんばかりに、爪を立て体中を引っ掻き始めた。さっきまで大きく見えていたおっさんの体が小さく見える。

 数多くの死線を潜り抜けて出来たと思われた傷は、おっさんに全く懐いていないペットの猫が引っ掻いて出来た傷だったのだ。

 「ここは何処だ?」

 おっさんは意識がまだ朦朧とする中、ゆっくりと体を起こした。事ここに至るまでの経緯がすっぽりと抜け落ちてしまっている。

 状況を思い出せず、あたふたしていたおっさんが、徐々に記憶を取り戻し、目の色を取り戻す。

 「ああ、そうだった。お主の実力を確かめようとした途中で、急に瞑想をしたくなったんだ。

儂が急に瞑想したいと思わなければ手加減を知らない儂に今頃は殺されていたかもな。命拾いしたな。お主は実に運が良い」

 何を言っているんだ?このおっさんは。

 言い返したい気持ちは山ほどあった。しかし、剣の才能に恵まれなかったおっさんが、虚勢を張る姿が不憫に思え、ぐっと我慢した。

 「お前の剣の腕は、儂の足元にも及ばぬ。本格的に剣を握るには、まだまだ未熟であるから、次は剣士としての心構えを叩き込んでやる。しっかりと覚悟しとけ」

 裸足で庭先に出ていたおっさんは足を洗わず、そのまま家の中に入って行った。

 おっさんの家の内装は外観と同様に古い日本家屋を思わせた。

 アリシアの西洋的な家にしても、宿屋にしても、基本的には土足であった為、靴を履いたまま上がり框に足を乗せた。するとおっさんから、靴のままだと足音がするから脱ぐ様にと厳しく言われた。そして、受験生の息子が怒るといけないから、くれぐれも足音を立てず、静かに歩くようにと付け加えた。息子は一度暴れ出すと手が付けられなくなるらしい。

 廊下を進むと、頭に白い鉢巻きを巻いた、二十代手前の彼の息子と思しき小太りの男とすれ違った。

 「おい親父!何を外で何ぺちゃくちゃ騒いでんだ!こっちは明日受験なんだからちょっとは考えろよな!」

 息子は今にもおっさんに飛び掛からんといった勢いだ。

 「親に向かって何だ、その口の利き方は!」

 おっさんもこれに負けじと、声を張り上げ息子を怒鳴った。

 「今日はやけに偉そうだな」

 おっさんは俺に、先に奥の部屋に入って待っているよう指示した。親子喧嘩の間に挟まれるのも面倒だったので、言われるがまま先に部屋に入る。部屋の襖を閉めても二人の声が漏れ聞こえた。

 「それと、家に入る時はちゃん足を洗えって何遍言わせんだよ!」

 「ごめんよン。後でおやつ持って行くから、後生だから、それで勘弁してくれよン」

 猫なで声で息子のご機嫌を取ろうとするおっさんの甘えた声が耳に届いた。俺への威厳を保つ為か、聞かれまいと小声で言ったつもりらしいが、その声はしっかりと聞こえていた。

 渋々自室に引き上げていく息子を安堵の表情で見送ったおっさんは、翔が待つ部屋の襖の前で心機一転、厳めしい表情を作った。襖を強く開き、威圧的な視線を翔に浴びせる。

 「待たせたな。それでは、今から儂が剣士としての行動規範に関する〇×クイズを出す。見事、三問中二問正解出来れば免許皆伝としよう」

 木刀を使った稽古では身が持たない事を悟ったおっさんの苦肉の策なのかもしれない。

 剣士の心構えなど何一つ知らないが、二択であれば適当に答えても運次第でどうにかなりそうだ。

 「それでは第一問、人の陰口を言ってはいけない〇か×か」

 「言ってはいけないから〇だ!」

 「ブッブッー正解は×でした。本人に聞かれなけば言っていないのと同じだからこの場合は陰口を言ってもいいから×だ!」

 「これが剣術と何の関係があんだよ!こんな下らない問題やってられるか!」

 「おいおい、早くも厳しい修行から逃げ出すのか?最近の若いもんは根性が足りないな」

 弱いおっさんに言われると無性に腹が立つ。

 「いいだろうやってやるよ」

 「では第二問、道端に落ちているゴミは気付いた人が拾ってゴミ箱に入れるべき〇か×か」

 「自分が落としたゴミで無くても拾って捨てるべきだから〇だ!」

 「ブッブッー正解は×でした。自分が落とした物じゃないから捨てなくて良いに決まってるじゃないか」

 「落として無くても気付いた人が拾って捨てるのが人というものだろ!」

 「落とした奴が悪いから落とした奴に捨てさせるのが・・・」

 『ドスン』と薄い壁を蹴る鈍い音が聞こえた。

 「落ちた奴が悪いだと!ふざけるな!」

 壁に一枚隔たれた隣の部屋から、受験生の息子の怒号が響き渡った。部屋の中のあらゆる物を手当たり次第に投げつけているのだろうか、重い物が壁にぶつかる音や、何かが割れる音も聞こえる。

 「息子の機嫌が悪いから今日はもう帰ってくれないか・・・」

 おっさんは震えながら言った。

 俺が帰った後、息子と二人きりになるおっさんの姿を想像した。

 おっさんは、受験が終われば落ち着くだろうと高を括っているが、それは受験に受かった場合に限るのではなかろうか。受験に失敗した場合は、もっと酷い仕打ちを受けるとしか思えない。

 「こんな事あんまり言いたくねえし、余計なお世話かもしんねえけど、剣術教室なんかにかまける前に、自分の息子としっかり向き合ったらどうだ」

 「お主に、儂ら親子の何が分かると言うんだ。故郷を失い、妻を失い、たった一人の息子は儂に反発して剣を学ぼうとしない。息子はいい学校に入って、この村から出るんだって言って、親である儂の言う事を聞かないのだ。息子は世間を甘く見ている。世間はこの村の出身ってだけで風当たりが厳しいのだ。難民や逃亡犯が住む村の生まれだと言う悪印象はどこへ行っても付いて回る。迫害され、謂れのない暴力を受けたという話はよく耳にする。だから、自らのを守るためにも剣術を学ぶべきだと、いくら儂が口を酸っぱくして言っても全く聞き入れてはくれない。儂らみたいなもんが学問を学んで、一体何になるんだと問うたら、逆上して口を利かなくなる始末。儂にどうしろと言うんだ」

 おっさんの話を聞いて、村で見た大人達の顔と、それとは対照的な子供達の顔が思い出された。

 この村の子供達は未来に希望を抱いている。しかし、そんな彼等が成長し、大人になると、余所に住む人々が自分達の村に対して行う差別や偏見に苦しむ。その負の連鎖を断ち切らない限り、この村の未来は、暗く閉ざされたままだ。

 『バシーン』

 突如、大きな音を立てながら襖が開かれた。

 襖の前には、おっさんを睨みつけ、苦しそうに肩で息をする息子の姿があった。

 おっさんは反射的に顔を手で覆って身を守ろうとする。

 「俺は勉強して必ず偉くなってみせる!そして親父や他の住人達が、この村の出身だって、胸張って言える様にしてやる!」

 息子は平仮名で『さんすう4ねんせい』と書かれた教材を小脇に挟み熱弁を振るった。

 そして彼はこう続けた。

 「その為にも、暴れて小腹が空いたから、早くおやつを持って来てくれ!」

 彼の志しは立派に思える。この村の出身ってだけで、不当な扱いを受け、それを甘んじて受け入れる大人達が大多数の中、彼の様に理不尽に立ち向かう勇気を持った人間が、果たしてどれだけいるだろうか。彼等の行動次第で、この村はきっと変われる。

 そこでふと一つの疑問が湧いた。

 かつてイワンはこの村に身を置いていたと話した。そこに至った理由は戦争によって故郷を失ったからなのだろうか。それとも何か別の理由が・・・

 ”他人の詮索はするべからず”に則ると、ここでその話題を持ち出すのは憚られる。

 いつか折を見て本人に聞いてみるとしよう。




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