彼女が妹だったら、どうする?
「そ、その! 付き合ってくれませんか?」
後輩と歩く帰り道。突然足を止め、自分の前に回り込んだ後輩は黒髪のショートカットを揺らしながら俺にそう告白してきた。
「え……?」
俺は突然のことに頭が真っ白になる。
彼女の名前は桜田美桜。俺が所属しているサッカー部のマネージャーで一個下の後輩だ。
彼女が入学してからもう数ヶ月。部活や学校で交流が多くありこうして部活帰りに一緒に帰ることも多かった。
そんな彼女から突然の告白を受けた俺は呆然として立ち尽くしてしまう。
そんな俺の様子を見て彼女は諦めたような表情をした。
「やっぱりダメですよね……。私みたいな人が瑛人先輩みたいなかっこいい人と付き合えないですよね。ごめんなさい! 忘れてください!」
そう一方的に告げた美桜は背を向けて走ってしまう。
このままでいいのか? 俺。
彼女に勘違いをさせたまま帰らせてしまって。
決意をした俺はすぐに美桜の後を追い走る。
相手は一直線の道を一直線に走っている女子高生だ。
サッカー部で一個上の俺が追いつけないわけが無い。
直ぐに追いついた俺は、前を走る美桜の左手を掴む。
「おい、待てって!」
「やめてください! 慰めの言葉とかいらないので!」
美桜はもうパニックになっているのか俺の方を見向きもせずに手を振りほどこうとする。
言うしかない。俺は改めて決意を固め美桜の目を見て言う。
「誰が! 付き合えないなんて言った!」
「え?」
「だから俺は……美桜のことが好きなんだよ! これで分かったろ」
俺の言葉に美桜は暴れるのをやめて、固まった。
こんなことを言うのは初めてで美桜と目を合わせることも出来ない。
俺は熱い顔を逸らして美桜の次の言葉を待つ。
………………え、今何秒だった?
いつまで経っても美桜が何も言わない。
俺はしびれを切らして美桜の顔を見ると、泣いていた。
「え、なんで泣いてるんだよ」
「だって……だってぇ……!」
すると美桜は突然詰め寄ってきて俺を――
「ちょ……」
抱きしめてきた。
ただでさえ好きな人、それに加えてこの人形みたいな可愛さの後輩に抱きしめられていることに頭が真っ白になる。
まず女の子に抱きしめられること自体が初めてなのだ。何も考えられない。
「だってぇ! 先輩があんな顔するからぁ! ダメだと思ってぇ!」
美桜は泣きながらそんなことを言う。
今こんなことを思うのは宜しくないのかもしれないけど、控えめに言ってすごく可愛い。
俺の胸に頭をぶつける美桜は小さい子供みたいでつい、頭を撫でてしまった。
「ごめんって。急に告白されたからびっくりしただけだって」
俺が頭を撫でると美桜は大人しくなった。
そのまま数十秒少しも動くことがなく、変わったのは美桜が泣くのをやめたことくらいだ。
どうしたらいいか分からない俺は動けずに固まったままだ。
……周囲からの視線が痛い。
何せここは道のど真ん中。そりゃ近くを歩いている人もいるわけで……。
このままでいたい気持ちと恥ずかしい気持ちが混ざりあってどうするべきか悩んでいると美桜が俺から離れた。
また告白された時のような距離まで離れた美桜は手を後ろに組んだ。
「じゃあこれからよろしくね、瑛人君」
そう言ってニコッと笑う美桜の笑顔は今まで見た事が無い笑顔でこの笑顔を独り占め出来ると考えたら自分までニヤつきそうだ。
俺は今日が人生最大に幸せな日になった。
――この時の俺は知らなかったんだ。俺と美桜が……。
◆◆◆◆
美桜と付き合ってから一ヶ月と少しが経った。
まだ一ヶ月だから特にこれといった進展はない。
いや別に? 何か期待してるとかそんなことは全然? ないんだけど?
てゆうか、高校生が一ヶ月付き合っただけで何かあったらそれはそれでどうかと思うしな。
「なぁ~、付き合って一ヶ月も経つのにキスもしてないのか?」
だけどこうゆう輩がいるせいで俺も自分がおかしいと思ってしまうわけだ。
「お前がおかしいだけだから。そんなすぐ取っかえ引っ変えするやつに言われたくないね」
彼の名前は前田海人。俺と同じ三年生で顔だけはいい。顔だけだ。ほかはもうクズ中のクズ。
告白された女子と付き合ってやる事やったら振るっていうゴミだ。こいつがこう言ってるだけで実際どうなのか知らないけど腹が立つのでそうゆうことにしてる。
でも取っかえ引っ変えしてるのは本当なのでどっちにしろクズでゴミだ。
だからこんな奴に何を言われても何とも思わないんだが。
「うるせーよ度胸なし。あっちから来てもらっておいてビビるとかもう時間のせいに出来ないからな」
そう、そうなのだ。この前そういう雰囲気になった時に俺がビビったせいで何も無く終わったことがあった。
これに関しては何も反論出来ない。
「いや別に? 今日美桜んち行くし? 家まで行ったら何かしたらあるだろ」
俺は意地を張ってそんなことを言う。
今は美桜が来るのを校門の前で待っている。実際、今日は美桜の家に行くのが決まっていて俺がワクワクしていた時にこのヤリチンクソ野郎が話しかけてきたって訳だ。
「いや、ニヤニヤしてるけど自分から何がするつもりないってことだろ? お前本当に男か?」
「……黙れ」
知らない間にニヤニヤしていたらしい。
もう正論ぶつけられて腹が立つのでこのヤリチンクソ野郎は無視することにしよう。
何かを言っている海人から顔を背けて他人の振りをしていると携帯が鳴った。
俺はズボンのポケットから携帯を出して画面を見る。
「え……?」
『瑛人君、今日のお家デート出来なくなりました。本当にごめんなさい』
まじかよ……。初めて彼女の家に行けるって張り切ってたのに……。でも、仕方がない。何か急用でも出来たんだろう。
俺はとりあえず返事をして携帯をしまう。
「おい、どうした? そんな落ち込んだ顔して」
今までからかっていた海人がそう聞いてきた。
「今日の予定なくなった」
「じゃあ飯でも行くか」
そう言って海人は先に校門を出てしまう。
こういうところがあるから憎めないんだよな……。
俺は憎めないヤリチンクソ野郎の後をついて飯を食いに行くことにした。今日はヤケ食いだな。
この日を境に美桜との連絡は途切れた。
◆◆◆◆
「なぁ。お前教室行っても会えないのか?」
「何回も言ってるだろ。俺が言ったら毎回いないんだよ。明らかに避けられてるよな」
あれから一週間、美桜とは連絡が取れないどころか会うことすら出来ていない。
いや部活とかあるから会えるだろ。そう思うだろ? 俺もそう思ってた。
けど、美桜は部活も全部休んでいる。まぁうちの部活は強豪ではないし緩いので少し休むくらいなんてことは無い。
理由は体調不良らしい。でも学校には来ているからよくわからない。
わかるのは俺が避けられていることだ。
教室に行って美桜のクラスメイトに聞いても今はいないとしか言われない。放課後も同じだ。
「じゃあ手段は一つしか残ってないな」
海人は真面目な顔で言う。何かいい方法でもあるのか?
この女たらしなら何かあってもおかしくない。
「なんだよ手段って」
俺はほんの少しの期待を込めてそう聞くと海人は告げる。
「家の前で待ち伏せだ」
「は? お前それストーカーじゃん」
海人から告げられたのは犯罪行為を促す言葉だった。
少しでも期待した俺がバカだったみたいだ。
「いや、そうは言うけどな。お前彼氏なわけだろ? 一週間も連絡取れないなら家まで行けばいいだけだろ。待ち伏せろとは言わないけど家まで行けば何かわかるかもしれないだろ?」
確かに彼氏ならいいのか? 一応、美桜の家は帰り送ったことがあるからわかるけど。
確かに待ち伏せじゃなくても普通に家に行けばいいだけか。
「なるほどな。でも家でも結局シカトされるかもしれなくないか?」
「それは大丈夫だ。いざとなったら親に話しかければいいだけだ」
「親って……。俺まだ高校三年だけど」
「何早まってんの? 結婚のお願いしに行くわけじゃねーよ。ただ心配だから来ましたって言えばいいだけだ」
「そう……だな」
こいつの提案に乗るのは癪だが今はそうするしか無さそうだ。
明日は美桜の家に行ってみるか。
次の日、俺は放課後になった瞬間教室を飛び出して直ぐに美桜の家に向かった。
直接話せるに越したことはないからな。
放課後に教室に行っても、もう帰ったと言われたので本当にすぐに帰ってるのだろう。
俺はそんな美桜に追いつくために走る。
美桜の家は高校からあんまり遠くなくてすぐに着いてしまった。
家の前には誰もいなかった。
くそ……。もう遅かったか?
ここからどうするべきだろうか。
家の前に居座るか、帰るか、それとも時間を空けてもう一度来るか。
家の前に居座るのは俺のメンタルが削られる。近所の人からどんな目で見られるかわからないし下手したら通報されるかもしれない。
二つ目の選択肢の帰る。これについてはあまりしたくない。ここまでやってるのに収穫無しで終わるのは嫌だ。
三つ目の時間を空けてここにくる。これが一番安全策だろうか。もし親が仕事でいなければ今ここにいたところで会えないし時間を空ければ会えるかもしれない。
結局俺は三つ目の選択肢を選んで、ひとまずここから立ち去ると決めた。
そう決めて歩き出した時。
「瑛人か?」
背後から男、それも大人の声が聞こえて俺は足を止めた。
しかも何故か聞いたことがあるような……。
「瑛人だろ! なんでこんなとこにいんだよ~。久しぶりだな」
このイラつく喋り方と、声。間違いない。俺が世界一嫌いな男だ。
「なんでお前がいんだよ、クソ親父! 俺の視界から消えろ!」
「そんなこと言うなよ~。俺の息子よ」
ちっ。なんでこんな時にこんなやつと会わなきゃいけないんだよ。
こいつの名前は……あれ。なんだっけ。名前を覚える気がなかったからそもそも知らない。
とりあえずこいつは俺の母さんが妊娠中に浮気したクソ野郎だ。
俺を母さんが産んだあとに浮気が発覚して別れたらしい。
わかるだろ? こいつはゴミなんだ。
海人よりゴミだ。浮気が発覚して別れたあと俺にちょくちょく会いに来ているんだぞ? ゴミなんかで済まないそれ以下の何かだ。
「俺はお前の息子になった覚えはない」
俺はそうキッパリ告げて足早にこの場を去る。
「おいおい、待てって。なんでここにいたんだよ」
ゴミ以下の何かは俺の腕を掴んで離してくれない。
俺が答えないと離してくれなさそうだな。
「ここの家の人に用があったんだよ」
俺は美桜の家を顔でクイッとやりながら答える。
なんでこんなやつに離さなきゃいけないんだか。
「もういいだろ。離せ」
俺はゴミ以下の何かの腕を振り払って帰る。
「いやここ俺ん家だけど」
「は?」
「ここ俺ん家」
なんて言った? こいつの家がここ?
「いや、俺は美桜って子に用があるだけで」
「俺の娘」
「は?」
「何回も言わせんな。俺の娘だって美桜は」
「はぁ!?」
このゴミ以下の何かは美桜の父親だってことか?
ちょっと理解が追いつかない。
頭で一旦整理しよう。
まず俺の父親は血縁上こいつだ。そして美桜の父親がこいつだ。
それってつまり……。
「瑛人君……」
頭の中で整理が終わりかけた時、背後から一週間振りに聞く声が聞こえた。
「美桜!」
振り向くとそこには一週間前とは比べ物にならないほど暗い表情をしている美桜がいた。
「なんだなんだ。お前ら知り合いか。子供同士が仲良いのは嬉しいなぁ」
何言ってんだこいつ。
空気読めないとか言うレベル超えてんな。
は? 子供同士? やはり俺と美桜は……。
「黙ってお父さん!」
そう言って美桜は家に駆け足で入ってしまう。
今お父さんって……。
「いや~思春期の子供は大変だなぁ。おい瑛人! どこ行くんだよ」
「死ね!」
俺はもう足を止めることなくこの場を今度こそ去る。
もういい加減わかった。なぜ美桜が俺の事を避けるようになったのか。なんであそこにゴミ以下の何かがいたのか。
俺と美桜の父親が同じ、つまり――
俺と美桜は兄妹だった――
◆◆◆◆
「昨日どうだったよ」
「……………………」
「おい、瑛人?」
「ちょっと黙っててくれ」
朝、教室に来てすぐに海人が話しかけてきた。
もちろん俺のことを心配して声をかけてきてくれているのはわかっている。
わかっているけど今はそれどころじゃない。頭の整理が追いつかない。
「わかったよ。また後で来る」
海人はそう言うとすぐに俺の席から離れた。
俺はどうするべきなのか。
一個下の後輩が妹だった。これだけならまだ良かった。でも、その後輩は俺の好きな人で彼女なら話は大きく変わってくる。
全てはあいつのせいだ。
俺は頭を悩ませながらこの日を過ごした。
午前中の授業が終わって今は昼休み。
午前、ずっと悩み続けた結果、海人に相談するのが一番いいと判断した。俺一人じゃ永遠と答えが出そうにないからだ。
しかし朝、あんなことを言った手前どうしても言いづらい。それにそもそも相談に乗ってくれるだろうか。
「よう。調子はどうだ」
そう思って海人の席まで足を運ぼうとした時、目的の人物がこちらに話しかけてきた。
「お……う」
「どうしたんだよ。カタコトになって。それで、昨日何があったわけ」
俺の心配は無用だったらしい。こいつは女たらしでクズだがこうゆうところは親友に値すると思う。
俺はいい友人を持ったことに感謝しながら昨日の出来事を話した。
それを聞いている海人の表情は真剣に何かを考えているようでありがたかった。
「こんな感じだ……」
俺が全てを話終えると、海人は数秒黙って何かを考えた後、俺の目をしっかりと見た。
「お前、何をつまんねーことで悩んでんの?」
そこで告げられた言葉は慰めでも同情でもなく批判だった。
「何をって……美桜が妹だったんぞ! そりゃ彼女が妹だって知ったら悩むだろ!」
「だから何に? 彼女が妹だったからどうした」
「は?」
俺は頭の中で何かが切れる感じがした。
「いや、何言ってんだよ。彼女が妹だったら問題大ありだろ。兄妹が付き合ってるってことだろ? 血繋がってるんだぞ!」
俺は友人のあまりの物言いに、怒りを隠しきれなかった。
やっぱりこいつに相談するのは間違いだったのか。
「だから血繋がってるからなんなんだよ」
「なんなんだよってそんなの」
「お前はそんな理由で好きな女を諦めるのか?」
「え?」
「だから、彼女が妹だったからどうした? 血が繋がってるからどうした? お前らつい最近まで他人だったんだろ? それが血が繋がってるって理由で兄妹になるのか? お前らの中に兄妹のような絆はあるのか?」
徐々にヒートアップしていく海人の言葉を黙って聞くしかない俺。
そんな俺を見た海人は続ける。
「そんな絆ないだろ? あるのは部活の先輩と後輩のそれから彼氏と彼女の絆、だろ? だったら血だけの関係なんて忘れちまえ! お前はそんな理由で好きな女を手放すな! 」
俺はヒートアップしきった海人の言葉を聞いて頭の中で整理する。
確かに、俺と美桜は兄妹だった。でもそれは血縁上でだ。実際の俺達には兄妹のような絆はない。あるのは海人の言う通りの絆だ。
しかし……
「いやでもな……」
「もう、俺はこれ以上何も言わねえ。後はお前の好きな様にしろ。今のままじゃ絶対にお前は後悔することになる、それは肝に銘じておけ」
海人はそう言うとすぐに席を立った。
俺はこの時、彼に言わないといけないと思った。
「海人、そのありが」
「最後に一つ、お前はもっと強欲になった方がいいぞ」
そう言い残して海人は手をヒラヒラと振って席を離れた。
あいつ、俺が何言いたいかわかって遮りやがったな?
でも、そうゆうところがあいつらしいな。
それにしても、もっと強欲に?
結局俺はどうしたらいい?
どうするのがあいつのためになるんだ……?
俺の心は決まらない。
◆◆◆◆
結局、放課後になっても答えは出なく今は家に帰って自分の部屋に篭っている。
どうするのが正解なのか。
俺と美桜は兄妹で血が繋がってる。確かに海斗の言う通り兄妹のような関係ではない。
それでも血が繋がってるんだ。その事実からは目を背けることが出来ない。
あいつの為に俺はどうしたらいいんだ?
『お前はもっと強欲になった方がいいぞ』
この時何故か頭に浮かんだのは海人の言葉だった。
もっと強欲に。それはどうゆう意味を持つのだろう。
多分それを考えるのが一番早い。海人の言うことはいつも当たっている。
結局、俺はどうしたいのか。何で悩んでいるのか。海人に言われた通りだった。
俺と美桜が兄妹だってことを知って、美桜がなんで俺を避けているのかはなんとなくわかる。
もう恋人ではいられないと思って避けているんだろう。
実際、俺も同じような感情を抱いたし今もそう思う。
でも、本当にそれでいいのか? 彼女が妹だったから諦めていいのか? 少し前までは他人だったのにそんなものに邪魔されて諦めていのか?
俺は、この日の夜考えて考えて考え尽くして一つの答えをだした。
次の日の朝。俺はいつもより二時間も早く起きて支度をした。
こんな時間に起きたのは朝、美桜の家に行くと決めていたからだ。
昨日どうしたいのかは決まった。後は美桜と直接話をする必要がある。
学校に行く準備が整った俺はいつもよりだいぶ早く玄関の扉をあける。
「涼しいな」
外はまだ少し薄暗くて、涼しかった。
いつもの学校に行く時間は日が昇っていて少し暑さを感じるけどこの時間は少しもその暑さを感じることがない。
瞼はまだ重いけど、たまにはこういう朝もいいなと思う。
気持ちいい風に押され俺は美桜の家へと足を運ぶ。
近所の人はこの時間はあまり歩いていなしもう見られたところでどうだっていい。
俺の気持ちは固まった。
それにこの家の家主の一人はあのゴミ以下だ。
何か言われたところでどうとでもなる。
俺は昨日決めた通りに美桜の家の前で居座ることを決める。
学校でも、それに放課後になっても会うことが出来ないならこうするのが一番だ。
流石の美桜も朝家まで来ているとは思わないだろうしな。
そのために今日は早起きをした。
美桜が何時に学校に来ているのか知らないのでこうするしか無かった。
俺は美桜の家の前で塀に体を預けて美桜が出てくるのを待つ。
そして美桜の家に来てから一時間が経ったころ。
太陽が姿を表した時間で美桜の家の扉が開いた。
出てきたのは美桜だ。
美桜は俺が家を囲う塀にいることなんて知らずに普通に道へでた。
「美桜」
「え?」
俺が声を掛けると美桜は足を止めた。
「久しぶりだな。って言ってもこの前会ってはいるか」
「…………」
美桜は一度止めた足を何も言うことなくまた前に出した。
無視する気かよ……。
「俺達、兄妹だったんだな」
俺がそう言っても美桜が足を止めることは無い。
「でもさ、それってなんか俺たちに関係あるのか?」
海人から言われた言葉を少し借りてそう問掛けると美桜は足を止めて振り返った。
その表情は完全に意味がわからないと言っているようだった。
「美桜はさ俺のことが嫌いになったのか? 」
「…………」
「俺はさ美桜のことが大好きなんだよ」
「俺にとって美桜はさこれからもずっと一緒に居たいって思える、そんな存在なんだよ」
「…………」
「春は桜を見て、夏は海に行って祭りに行って花火を見て、秋は紅葉を一緒に見て、冬は雪だるま作ったりさ」
「そうやってこれからも思い出を作りたいんだよ」
「もう一度聞くけど、美桜は俺のことが嫌いになったのか?」
俺がそう言うと美桜は黙ったまましばらく俯いていた。
それは数秒にも感じられたしもっと長くも感じられる時間だった。
少し気持ち悪かったか、重いかな。そんな心配をしていると美桜が口を開いた。
「…………い」
「え?」
「そんなわけないじゃん! 大好きだよ! これからもずっとずっと一緒にいたいよ……」
美桜は突然大声を出してそう言ってくれた。
俺はその言葉に安心して次の言葉を待つ。
「でもさ、そんなのダメなんだよ……。私と瑛人君は兄妹で……そんな関係になっちゃいけないんだよ……」
美桜は涙を流しながら昨日の俺が考えていたことと同じことを言う。
「なんでダメなんだよ」
「え?」
「なんで兄妹だったら付き合っちゃダメなんだ? なんで兄妹だったら思い出作ったらダメなんだ? 俺たちはつい最近まで他人だったのに」
昨日海人に言われたことをほぼそのまま伝えた。
結局、色々考えた結果海人の意見に納得せざるを得なかった。それに俺もこうしたかった。
「そんなの……」
「美桜。俺はさ美桜と一緒にいたいんだ。子供が出来なくてもいい、結婚出来なくてもいい。美桜と一緒に色んな所に行って色んな経験をして一緒に生きて行きたいんだ」
俺は美桜に自分の言いたいことをしっかりと伝えた。
昨日の海人の言葉、あれはこういうことだったんだ。
昨日までの俺は、美桜から避けられていたから美桜に対してどう接するべきかこれからどうして行くのが美桜のためなのか、そればっかり考えていた。
でも大事なのはそれだけじゃない。
俺がどうしたいかだ。
美桜と離れていいのか。この関係が壊れて今までのように接することが出来なくなっていいのか。
兄妹だって理由だけで縁をきっていいのか。間違いなくこんな終わり方をしたらこれから会うことなんてなくなってしまう。
そうなるくらいだったら俺は……。
「だから俺と一緒にこれからとずっと歩いてくれないか」
俺は美桜に手を差し伸べる。
もう言いたいことは言った。これで結果がどうなろうと俺に後悔は少しもない。
後は、美桜の反応を待つだけ……で。
「なんで……」
「え?」
「なんでそこまで言ってくれるのぉ……! 私が彼女だったら瑛人君は一生結婚出来ないんだよ!? 私よりもっといい人がいるかもしれないんだよ!? 私なんて邪魔じゃん! それなのに、それなのにぃ……!」
美桜は地面に膝を着いてそう泣きながら言った。
美桜の言いたいことはよくわかる。もしかしたらこれから俺は美桜より好きな女性が出来るかもしれない、そうなった時に自分は枷になると言いたいんだろう。
でもそんなの関係ねえ。
「何言ってんだよ。結局それ浮気だろ? そんなの兄妹もくそも関係ねえ。今付き合ってんのは美桜なんだから」
そうだろ? 美桜と付き合ってるのに他の女に目移りするって言うのは結局浮気だ。
付き合ってる相手より自分に良い人が見つかるかも。そんなのいるに決まってる。この世界には七十億もの人がいるんだから。
でも結局その人と出会う確率なんてわからなくて、付き合える確率なんてもっと低い。
そんな出会えるかも分からない人のために、今好きな人を手放すなんてバカな話だと思わないか?
「じゃあ瑛人君はさ」
「ん?」
「一生結婚出来なくても私と一緒にいてくれるの?」
「あぁ」
「子供が出来なくても?」
「あぁ」
「周りから変な目で見られても?」
「そんなの気になんねーよ」
「私のこと好き?」
「あぁ、大好きだ」
「うわぁ~~~~ん!」
美桜は俺に抱きついてきた。
「本当に泣き虫だな。美桜は」
「瑛人君が悪いんだからね……」
そう言うとしばらく俺の胸の中で泣き続けた。
高校生で結婚やら子供の話をするなんてバカバカしいだろうか?
所詮高校生の恋愛だって思われるかもしれない。
でも、俺にとって付き合うって言うのはその先まで考えるべきだと思うしそうじゃないと相手に失礼だ。
まるで高校卒業したら別れるって決まってるって言ってるみたいで。
そんなの嫌だろ。
そして、そこまで考えた結果がこの結論だ。
世間的におかしくても常識から外れてても、美桜と一緒にいたい。それが俺の出した答えだ。
これが正解かどうかなんて知ったことか。俺と美桜が良ければなんでもいい。
全部、海人に言われた通りだった。
「別にこれくらいならいいよね」
「ん?」
美桜が何かを小声で呟いたあと俺から少し離れた。
顔にはもう涙はなく少し笑みを浮かべてる。
「どうしたん……」
俺が少し距離を取った美桜に話しかけた瞬間。
美桜がこちらに距離を詰めて――
キスをした。
「ん……」
それはほんとの一瞬の出来事だった。
それでも俺の頭をショートさせるのには十分だった。
「このくらいなら許してよね、お兄ちゃん」
美桜はそう言って俺の頭に追い打ちをかけて背を向けてしまう。
俺は唇に感じる微かな温もりに名残惜しさを感じながらも美桜に着いていく。
お兄ちゃんって……。案外いい響きだな。
「もう一個言うの忘れてた」
美桜はもう一度こちらを振り向いてトドメの一発をさした。
「大好きだよ、瑛人」
そのままスキップで「遅刻しちゃうよ~」と言いながら何事も無かったかのように遠くなっていく背中。
俺はその背中を見ながら間違っていなかったと思った。
ここから俺たちの新しい恋人生活が始まる。