表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/21

4)残された者

 ロバートの目には、月は眩しすぎた。二つも見えるせいだ。

地面に倒れたせいだろうか。耳に足音が伝わってくる。きっと遠ざかっていく足音はアレキサンダーのはずだ。子供の頃、何もない広いだけの庭を二人で走り回っていた。いたずらをしては、逃げ回っていた頃が懐かしい。


 「どうしてお前達は逃げ足だけは速いんだ」

 大人達によく説教された。彼らも手を焼くくらいだったのだ。きっとアレキサンダーは逃げ切ってくれる。伯爵の手先などに、アレキサンダーが捕まることはないだろう。もし捕まったら、それこそ殴ってやる。

 先ほどのアレキサンダーと同じことを考えた自分に、ロバートは笑った。可笑しかった。口の中は鉄と土の味がした。


 どうせもう、そんな日は来ないのだ。

 月が二つ見える。三つかもしれない。頭を強く打ちすぎたらそうなると教えられていた。アレキサンダーを抱えていたとはいえ、着地に失敗したのが情けない。師匠に知られたら、呆れられるに決まっている。だが、ロバートが死んだら、師匠は一族をどうするつもりなのだろうか。あらかじめ、相談しておくべきだった。あの子達はまだ小さいのだ。

 

 アレキサンダーのものではありえない騒々しい足音がして、無理やり引きずり起こされた。見知らぬ男が何か喚いている。耳がぼんやりして何を言っているかわからない。


 死ぬのだろうなと思った。殺されるのだ。痛いのは嫌だが、もうどうしようもない。

 死んだら、母の墓の隣に葬って欲しい。あの屋敷の墓地がいい。だが、今の季節、昼間は暖かい。死体はすぐに痛んでしまうだろう。わざわざあの田舎の王領まで運んでくれるだろうか。この死体が無理なら、髪の毛や爪だけでもいい。母と同じ墓で休みたい。一族を守る、アレキサンダーを守ると言う役目を途中で降りた自分を、先代の長でもある母は許してくれるだろうか。それでも、同じ墓地がいい。隣は空けておいてくれるように頼んでおいた。屋敷に住む彼らは、約束を守ってくれているだろうか。


 喚く男の顔がゆがんだ。不思議なもので、何もかもが二重に見えるのに、表情はわかる。ロバートが聞き取れていないことなどわかっていないのだろう。お目出度いことだ。こんなお目出度い男達の手にかかって果てるなど、本当に不本意だ。だが、人は自分の死に方など選べない。痛いのは嫌だけれども。

 伯父と母は死ぬとき何を考えていたのだろう。


 喚く男の声が耳元で聞こえる。遠くかもしれない。煩い。聞き取れないだけに騒音でしかない。ロバートは目を閉じた。男たちが必死になっているということは、アレキサンダーは捕まってはいない。せいぜい喚くがいい。お前達の負けだ。カイラー伯爵家も終わりだ。


 できれば、影達が証拠を掴んでいてくれて、カイラー伯爵家に唆されていた貴族達を一網打尽にできるといい。彼らは仕事を果たせたのだろうか。本来、仕事の成果を確認すべき立場だが、もうそれを知ることができないと思うと残念だ。

 

 アレキサンダーは、私を、母の墓の隣に葬ってくれるだろうか。母はお役目の途中で命を終えた自分を、受け入れてくれるだろうか。あんなに眩しかった月が、霞んで、何もかもが白い霧に包まれ始めていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ