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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.2 < chapter.1 >

挿絵(By みてみん)


 身分の貴賎を問わず、誰もがハマるコンテンツ。


 そんなものはないと、言い切ってしまうことは簡単である。しかし、本当にそうであろうか。幼き日の己を顧みれば、王族も貴族も騎士も商人も、必ずどこかで、あのキラーコンテンツに思い至るのではないか。

 そんな疑問を胸に抱いた男は、意を決して切り出した。

「あの、先輩……マジぶっちゃけた質問していいッスか?」

 先輩と呼ばれた男は、読んでいた漫画から目を離し、小首を傾げる。

「んだよゴヤ、どうした急に」

「チビッコ時代のこと聞きたいんスけど……」

「おう?」

「貴族にも、ウンチブームってあったんスか?」

「は?」

「小学生ぐらいのころ、ウンチの話題で盛り上がったりしなかったッスか? ウンチって単語聞くだけで、無意味にテンション上がっちゃったりとか……」

「あ、そういうブームな。それならあったぜ、ウンチブーム。ウンチ連呼しまくって、オヤジに怒られたけどな」

「アレ、五人くらい集まってるところで誰かが『ウンチ!』って言うと、急に全員のスイッチが入るんスよね!」

「そうそう! 『ウンチ!』の大合唱! だけどアレ、結局何だったんだろうな? なにがどう面白かったのか、今思い出してもさっぱりじゃねえか?」

「ッスねー。でも、子供のころはマジで面白くて連呼してたんスよね」

「おう、マジだったな。超マジだった」

「ってことは、たぶん、みんな通って来てんスよね?」

「じゃねえか? 女子はよく分かんねえけど、男子は」

「それなら……マルちゃんも、『ウ~ンチ! ウ~ンチ!』って叫びながら馬鹿笑いしてたんスかね……?」

「あー……気になるな……」

「やっぱ、そーっスよね?」

「訊くか!」

「ッスね!」

 二人は大きく頷き合うと、『マルちゃん』こと、マルコ・ファレル・アスタルテ王子の帰りを待った。




 数分後、事務方とのミーティングを終えてオフィスに戻ったマルコは、二人の話にガクリと項垂れた。

「二人揃って、真面目な顔で何を言いだすかと思えば……」

「あったよな? あっただろ? あるに決まってるよな!?」

「はい、まあ、その……確かに私も、兄と一緒に大騒ぎした覚えはありますが……」

「それじゃ、ウンチis最強コンテンツ! ってことでOKッスね!?」

「あの、ええと、最強かどうかは判断いたしかねますが……それが、何か?」

「いや、特に意味はねえけど、真面目な奴でもガキの頃は『ウンチ!』って叫んでたのか、気になっちゃってさ!」

「は、はあ……そうですか……」

「これ、全人類共通ブームだとしたら凄くないッスか!? 赤の他人でも、ウンチで爆笑した経験だけは『共通の思い出』として通用するってコトなんスよ!? ウンチ、マジで超平和的コミュニケーションツールじゃないッスか!」

「あー……ですが、あの、大人になった今の私たちがそんな単語を連呼していたら、精神病院に強制連行されると思いますが……」

 マルコの至極真っ当な意見は華麗にスルーされ、『先輩』ことロドニー・ハドソンと、後輩ガルボナード・ゴヤは、二人連れ立ってオフィスを出て行く。

「絶対に言わなそうなヤツに訊こうぜ!」

「そッスね! ガチで硬派な人に訊いたほうが、色々面白そーッス!」

 不穏な言葉を残して消えた二人の行動を予想し、マルコはすぐさま、通信端末を手にした。




 特務部隊オフィスには、内部監査名目で監視カメラが設置されている。それを管理しているのは、情報部内の貴族案件専従チーム、コード・ブルーである。

 モニター越しに特務の馬鹿話を聞いてしまった情報部員たちは、呆れ果てた顔で溜息を吐いていた。

「今日の思い付きは、『ウンチブーム』か……」

 そう呟いたのは、コード・ブルーの暫定リーダー、ピーコックだった。

「まーたくだらない話で盛り上がっちゃって……」

 ため息交じりの独り言に、すぐ後ろのデスクから声がかけられる。

「なあなあ、ピーコさんにもウンチブームあったん?」

 無邪気に尋ねてきたのは、コード・ブルーで一番のイケメン、ラピスラズリだ。黙っていれば全ての女子を一目で落とす色男だが、言動が色々と残念であるため、付き合っていくうちにガッカリ度が高まっていく『ハズレくじ男』である。

「え? ああ、そりゃあ、まあ、あったけども……」

「俺さぁ、ウンチブームなかったんだよねー」

「は? いや、それ、超意外なんだけど? ラピ、絶対に連呼してるほうだったろ!?」

「それがさあ、なぜかそういうの無くて」

「なんで!? クラスでウンチブーム無かった?」

「あったけど……俺、小学生のころは女子と遊んでたし。おままごととか、小物作りとかやってたぜ?」

「えっ!?」

 この発言には、オフィス内の全員がピーコックと同じ反応を示した。

 ラピスラズリは戦闘特化型の強化人間である。百年前の英雄、ジェイク・フェンリオンのクローン胚をベースに、複数の身体強化を施された『人造人間』ということになる。が、ラピスラズリより前に造られた強化クローンがほぼ全員発狂したため、彼は偽名を与えられ、ごく普通の人間として研究所の外で育てられた。

 そんなプロフィールを知っているからこそ、同僚たちは皆、『ラピスラズリは力でクラスを掌握した』と思い込んでいた。少なくとも、王立高校入学以降のラピスラズリはそうだった。実家のネームバリューでスクールカーストトップに君臨しようとしていた商家の子息らを、片っ端から拳で黙らせていた。

 それがどうした。

 何を言っているんだ。


 女の子と、おままごとをしていただと?


 フリーズした同僚たちを見て、ラピスラズリは不思議そうに首をかしげる。

「え? どしたん? なんか俺、変なコト言った……?」

「あの……いや、まあ、個人の趣味をとやかく言う気は無いけども……中学校でも、女子と遊んでたワケ?」

「うん」

「エロい意味じゃなく?」

「当たり前じゃん。普通にデコパージュとか、ビーズアクセサリー作ってたぜ?」

「……デコ……?」

 それが何かは知っている。プリントペーパーやシルクフラワーなどを用いて、小物を可愛らしく装飾するクラフトである。そしてビーズ細工は、説明の必要もないくらい王国全土に普及した一般的な手工芸だ。しかし、その『女子に人気のホビー』と、研究所生まれの強化クローンとが、脳内で繋がらない。


 下ネタ大好き筋肉馬鹿が、どんなツラでビーズに糸を通していた――?


 同僚たちの曰く言い難い視線を一身に受け、ラピスラズリは真面目な顔で言う。

「俺さぁ、『ウンチブーム童貞』卒業したいんだけど、今から始めない? ダメ?」

 なんでこの馬鹿が、女子と仲良く遊んでいられたんだよ!

 誰もが同時にそう思ったが、ラピスラズリに読心術のスキルはない。返事が無いことを肯定の意と受け取り、さっそく実行に移る。

「よーし! それじゃ、俺から行くぜ! ウンチ!」

 無邪気な陽キャは空気を作る。

 そしてここに居るのは、仕事柄、空気を読みすぎるきらいのある情報部員たちだ。

 ラピスラズリの勢いに押され、つい、この空気に乗ってしまった。

「ウ……ウンチ!」

 騎士団において、上官の決定は絶対である。

 暫定リーダー・ピーコックのウンチ発言に続き、コード・ブルーの面々が次々に「ウンチ!」と叫ぶ大惨事が発生していることを、特務部隊員は知らない。


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